あれ?なんかこの家おかしくない?
そんな事実に勘付きはじめるのにそう時間はかからなかった。まず驚いたのがこのベビーベッドである。何の変哲も無い双子用の大きいベビーベッド。私が外の様子を見ようとベビーベッドの柵に手を伸ばしたときである。わたしの小さな手と柱が触れようとしたその瞬間、指先にわずかに痛みが走った。この感覚は間違いなく覚えてる。静電気の痛みだ。窓の少ないこの部屋からは今の季節はわからないけど、もしかしたら乾燥してるのかな。その後もしばらく間をおいて何度か柵に触れてみると青光りと共に指先に走る電流。自然に帯電するとは考えられないので、これは電気を流されてると考えた方がいいだろう。赤ちゃんに電流、大丈夫かこの家。いや、もしかしたら新手の健康法かもしれない。そうだと信じよう。今更ちょっと動揺してきたのか、なんだか身体に力が入らない。退行したとはいえ幸い首は座ってるようでお座りもできるものの、まだ寝た状態が楽な乳児生活は退屈すぎて中々にきつい。早く自由に動き回って喋りたいものだ。わたしはごろんと寝返りを打ち、隣にいるイルミを見た。

「(なんか……様子がおかしい……?)」

もともとあまり泣かずに大人しい印象だったイルミくんだが、こころなしか目に力がない。眠たいのかとおもったけど多分違う。身体に力が入ってない。無表情で、目が虚ろだ。もしかしたら体調が悪いのかもしれない。赤子であるわたしが大人に知らせる方法は泣くことしかなくて、精一杯声が届くように泣こうとするが、何故かわたしも力が入らず大声で泣くことができない。ふええ、力弱い泣き声だけが子供部屋に響く。どうもおかしい、先程ご飯を食べたばかりというのに。ミルクなどの液体だけじゃなく少量の離乳食と、デザートのはちみつプリンまで食べて力が出ないわけない。それをわたしもイルミも完食した。やっぱりこの電気のせいなのかもしれない。そう自己完結した元大人の私が、赤ちゃんに蜂蜜は厳禁だということを思い出すのはもう少し後で、その後も弱めの菌や薬品、いわゆる毒物を盛られ続けることになろうとは、その時は思いもよらなかった。


執事と母親以外の家族に会ったのは原因不明の体調不良の翌日のことだった。一晩寝たらわたしもイルミも元どおり元気になって安堵する。でも少し、イルミの表情がまだ回復してないというか、もともと大人しい表情筋がさらに動かなくなったのは気のせいではないとおもう。まあでも、これも時間が解決してくれるだろう。

「イルミちゃん、クルミちゃん、パパがお仕事から帰ってきたからお迎えに行きましょうね」

そう言って私たちを抱きかかえたのは、黒い着物に身を包んだ母親だった。長い髪を纏め上げて、初めて会った時のワンピースとはかなり雰囲気が違っていたので一瞬誰かわからなかった。というか部屋の雰囲気も執事や兄の名前も日本離れしてたから、言葉は通じるがなんとなく日本ではないんだろうなと薄っすら寂しく思っていたのだ。ここが仮に日本ではないにせよ、もしかしたらこの家は日本に縁があるとか、親日家なのかもしれない。やはり馴染みのある故郷との繋がりがあるというのは嬉しい。そんなほっこりした気持ちは部屋を出た途端吹き飛んだ。まず廊下自体が地下にあるような、四面を石で固められたものであった。温度の低い通り道を、風が鳴くように通りぬける。灯りは岩壁に設置されたカンテラのみで、私たちの影をゆらゆらと不気味に伸ばしていた。呆気にとられたわたしとキョトンとした顔のイルミを抱えた母親は、早足でお構いなく進んでいく。もうちょっとゆっくり進んでほしい、なんて思いながらたどり着いた場所は、これまただだっ広い玄関ホールだった。広すぎる空間でも一人、圧倒的存在感を放つ人物が目に入る。威風堂々とその場を支配していたのは、きらきら光るウェーブの銀髪を持つ、がっちりした体格の大柄な男性であった。

「おかえりなさい、パパ」

パパァ??!!!!!
銀髪から覗く鋭い眼光、道着のような服から見える鍛え抜かれた筋肉、威圧感のある2メートルはありそうな身長。一見まだ若そうなのに貫禄があって落ち着いた印象を受ける。日本人云々以前にどうかんがえても一般人とはかけ離れすぎてて開いた口が塞がらない。母や兄が黒髪黒目だからと父親も黒髪黒目だろうと勝手に思い込んでいた。あまりにガン見しすぎていたのか、蛇のような鋭い目がこちらを向く。目があったわたしは視線を逸らすことができずに硬直した。蛇に睨まれた蛙。そんな言葉がぴったりだろう。大きい手が2つ、こちらへと伸びてきて私は咄嗟に力強く目を瞑った。節くれだった大きな手が、この小さな頭を潰すことなど造作もないだろう。かなりの衝撃が来るであろうことを覚悟したが、実際はぽんと、やさしく頭に手を置かれただけだった。(かなり力加減を調節してくれたと思うが、それでも赤子にしてみれば衝撃には違いない)
ただいま。降ってきた声は想像通りの低い声だったが、やわらかく優しい声だったように思う。驚いて、ふと顔を上げた時にはもう父は母と二、三の会話を交わして奥の通路へと進む最中だった。そんな父を見つめて、母は私たち兄妹に語りかける。

「あなたたちも大きくなったら、パパみたいな立派な殺し屋になるのよ」

立派にすごいタメがあった。うっとりとした、熱がこもってる母の声。これだけ立派な屋敷だったから勝手に社長かなと思ってたけど殺し屋かあ、納得。もう驚かない。逆にただのサラリーマンって言われたほうがめちゃくちゃ驚いたもんな。この家屋敷っていうより要塞感あるし。執事の人たちはなんか屈強な人たちが多いし。大量のおもちゃの中にいくつか物騒なものあったし。なんて達観ぶっていたわたしも、父親似のおじいちゃんの服を見て流石に頬が引きつった。胸から垂れ下がった布に書かれた標語、一日一殺。この家、一家全員殺し屋でした。
同じ腕に抱かれたわたしの目の前のイルミは、相変わらずすやすやと眠っている。天使みたいな寝顔の彼もいずれは父親に似るのだろうか。そんな兄の成長を見届けるにも、私がこの家で生き残るしか方法はない。平和生まれ平和育ち、喧嘩はおろか人を殴ったことすらない女、なんとかこの家で生き残れるよう頑張ります。


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