私たちの最も重要な仕事は待つこと。決して無理はせず、100%殺せると確信した時のみ実行し、それ以外はただ待ち続ける。それは父から何度も何度も言い聞かされた言葉だった。いっそ慎重すぎるともいえるその意識の正当性は、この永く続く家の名が保証しているといえよう。今回は特定の標的を狙うといったよくある暗殺らしい暗殺ではないものの、上記のスタンスは基本的に変わらない。入念に下調べをした上で些細なリスクを全て排除して機を伺い、このオークションに関わる人間を一人残らず殲滅する。まあ要するに、物事にはタイミングが大事という話なのだ。今回初仕事にあたり父さんの監修のもと、イルミと二人で膝を突き合わせて実行時間を決めた。事前に入手したオークションのタイムテーブルを見ながら、最大人数が集まる時間の検討をつけたのだった。

「タイミングは?」
「一番人が集まる時でしょ」
「トリ……は時間かかっちゃうから、ここ。目玉だね」

オークション開始早々ではまだ人が集まりきれていないだろう。一番人が集まるのはおそらく大トリなのだろうが、終了時間のオーダーがついてるため、遂行のタイミングは一番盛り上がるであろう目玉の品のお披露目の時となった。注意すべき点としてはこのオークションは途中退室が自由らしいので、退室者の監視も怠ってはならない。オークションが開催される敷地内に入ったが最期、この場から生きて帰るものは私たちだけでなくてはならないのだ。とんとん拍子に進む私とイルミの話に、父さんが口を挟むことは最後までなかった。一応及第点を貰えたのだろうかと内心ドキドキしながら冷や汗をかいていたのが、つい数時間前の夕方の出来事だった。

そんな風に組み立てた作戦を今一度頭の中で振り返りながら、構想上と現実とのギャップを埋める作業に入る。脳内で何度も繰り返しシュミレーションしたイメージをより鮮明に、正確に描く。アンダーグラウンドオークションは文字通り地下で行われる。想像していた図面通りのホテルの地下ホールを二人、気配を殺して徘徊する。ホールの外にある談話スペースのようなロビーには既に人が集まっていた。オークションを控え人の増えたホールに紛れるのは簡単だが、それでも細心の注意を払って密やかに行動する。いかんせんこちらは子供の姿なのだ。変に警戒されては動きづらくなってしまう。ロビーにある階段を上がった二階からは、やっと人一人が通れるような狭さだが、立ち見ができるバルコニースペースへと通ることができる。私たちが待機すると決めた場所はここだ。一番動きやすく、かつ全体の様子が把握できるところ。一通り会場内を見回った私は、手摺に身体を隠すように腰を落ち着ける。軌道と導線の確保はした。セキュリティシステムも問題ない。万が一の時の脱出経路も確保してある。あとはただ、実行のタイミングを待つのみ。

「もういいの?」
「うん。問題なし」

見回りから戻ってきたイルミが、強そうなやついた?なんて問いかけながら私の隣に座った。バルコニーの柵の間から足を放り出して座る大胆な姿にぎょっとしながらも、イルミの問いかけに首を横に振った。ザッと見てオークション参加者だけでも50人前後、ガードマンや運営関係者を含めるとおよそ100人ほど。そんな中で手強いと思える相手はいなかったように思った。ガードマンも多少武術の心得がある者を集めてはいるが、皆雇われただけの者ばかりだろう。屈強なのは身体ばかりで全然強そうに見えないし、家の執事とすら比べ物にならない人間ばっかりだと溜息を漏らす。強者は爪を隠すのが上手いというが、この場にはいないと踏んだ。というか居たら困る。初仕事はなんとしてでも無事に終わらせたいし。

「そういえば、針は使うの?」
「基本使わないよ。そういう約束だしねー」

どういう約束なんだろう。素手で仕事をこなしてこそ一人前ということだろうか。生兵法は大怪我のもと、慣れぬ武器は使うものではないということか。イルミにパパとの約束かと問えば、うんそーだよとだけ返事がきて会話が終わる。これ以上言葉を続けるはないらしい。我が兄ながら簡素すぎる返事に二の句を継げなかった。呆れながらもなんとなくイルミを真似てバルコニーの柵の間から足を放り出すと、騒がしい会場のざわめきがにわかに小さくなる。会場の視線がステージの方向へと向く。どうやら司会者である競売人が壇上に上がったようだ。オークション参加者の無数の目が一人の男に集まった。

「Ladies and gentlemen!ようこそ御集りくださいました紳士淑女の皆様方!」

歌うように開演を告げるオークショニアのセリフを聞きながら、期待の高まる階下を見下ろす。このホールは劇場とまではいかないものの、簡単な舞台と緞帳があるオープンステージのホールで、花道となるであろうスペースをすり鉢状に客席が囲むという構造だった。すでに人は満席に近い。予定通り、途中入退場できる扉は一つに限られているのを確認する。ガードマンの最終位置を把握して、イルミと小声で順番の打ち合わせを行った。諸注意や説明事項を終えた司会者が口火を切る。オークションが始まるのだ。

「それではお待たせいたしました。これよりオークションを開始いたします!」

声高に宣言された言葉とともに、台に乗せられ最初の出品物が登場し衆目を集める。ドレス姿の女性が運ぶ大きなガラスケースの中に入っていたのは、なんとも毒々しい色をした蝶々だった。花道に通された数匹の蝶々は、衆人環視の中で優雅に羽ばたいている。たしか事前に確認していたカタログの、一番最初に記載されていた商品だったなと記憶を思い返した。

「さて、まずはカタログナンバーワン、千年アゲハから!捕らえることが出来た者には、何代にも渡る栄華が約束されるといわれる伝説の昆虫にございます!」

まず小手調べのような入札が入って、何度か落札を競い合う声がホールに響く。最後のコールが落札価格を決めた。会場を拍手の音が包む。御伽噺のような蝶々を高額で落札したのはビジネスマンのような男だった。それから続いて出品されたのは、銀色の毛が美しいシルバードッグ、子供の面倒を見るのが得意だというメイドパンダや、様々な動物に変身できるカメレオンキャット。どれも初めて見る生物ばかりだ。事前に見たカタログ通り、このオークションは絶滅種の競売だった。他にも違法の愛玩動物や魔獣なんかも出品されて、披露されては落札の繰り返し。オークションが進行するにつれ徐々に出品される生物の価格が跳ね上がってきており、それに伴い会場の熱気も高まっていく。既に飽きつつあった私は、イメージトレーニングをしながら爪を尖らせたり戻したり。そんな落ち着かない様子の私をイルミの大きな目が見ていた。階下ではとんでもない金額で希少な魔獣を競り落としたマフィアのボスのような老人に、惜しみない拍手が送られるところだった。司会者が輝かしい笑顔のまま額の汗をハンカチで拭う姿を見て、時間的にもそろそろだろうと意識を戻す。

「さて…お待ちかねの方もいらっしゃいますでしょう。皆様、キメラという言葉をご存知でしょうか?これよりご紹介いたしますのは遺伝子操作で造り上げたキメラ、いわゆる合成獣にございます!凶暴、獰猛な性質でありながら、人語を理解する高い知能を持つ素晴らしい怪物を、どうぞ御覧に入れましょう!」

今までで一番熱が篭る鬼気迫る勢いの紹介と共に、5メートルはありそうな巨大な檻が運ばれてくる。花道に通されたその生物は、一見肉食恐竜のように見えた。爬虫類のような目が鋭く光り、裂けた口から覗く歯は夥しい。そんな獰猛そうな顔がふたつ、首から伸びてひとつの体にくっついていた。この世界の生物に詳しくない私には何が掛け合わされているのかわからなかったけれど、肉食恐竜のような二つの頭と、鋭い鉤爪を持つライオンのような手足、太く長い尻尾の先には威嚇する大蛇の顔。全長は3メートルほどだろうか。大蛇の尻尾が揺れる度に、檻が激しい音を立てて鼓膜を揺さぶる。喧騒と興奮、熱気に包まれる会場。皆があの生物に釘付けになる。それを見て怪しく笑う司会者。舞台の奥がなにやら騒がしい。

「おい!やめろ、離せ!もう情報は全部吐いた!約束だろ解放してくれよ!!」

やがて、舞台袖から大声で暴れる一人の男が連れられてきた。腕を縛られている男は随分と痛めつけられた様子で、ボロボロのスーツをくしゃくしゃにしながら抵抗している。男が檻の中の生物を見た。この先の展開を予想し始める脳味噌に嫌気が差す。この予想はきっと外れない。必死の抵抗も虚しく狂乱状態の男が連れて行かれた先は、案の定檻の中。顔をぐしゃぐしゃにしながら言葉にならない声を上げ、腰を抜かし失禁し、怯えることしかできない男を三つの頭がジッと凝視している。皆がそれを食い入るように見つめる。中にはすでに顔を覆う者もいた。今までまくし立てていた司会者の無言が不気味だった。「待て」が「良し」の合図に変わる。断末魔が巨大な口に飲み込まれた。待てから解放された獣が三つの頭で人間を嬲る様は、まるで踊っているかのようだった。既に息絶えた男の残骸を執拗に砕き甚振る。その姿を見て嘆息を漏らす者、血の気を引かせる者、興奮し目を輝かせる者、眉を寄せ気分を悪くさせる者など様々だったが、会場の興奮は更に膨張したように感じる。人体が無残に砕かれる音は、近くの科学者の「待て」の合図で静まった。一瞬にして、静寂が訪れる。ピチャリと、血が滴り落ちる音が生々しく響いた。水を打ったような静けさを許さないとばかりに、司会者が声を上げた。ホールの雰囲気がオークションに戻される。それも、先程とは金額も熱量も比べ物にならない勢いで。

「何に使うんだろうね、あんな派手な殺し方で」
「さあ、ペットか軍用じゃない?」
「言っちゃなんだけど、あれってコストもかかるしリスクも高いと思うなあ」
「言えてるねー」

たぶんオレたちの方が強いし安上がりなんじゃない?なんて笑いながら軽口を叩くイルミに同意する。父に聞かれれば自惚れるなと言われるかもしれないけど。落札を競う声を聞きながら、仕事前とは思えないくらい呑気な会話を交わしていると「そろそろかな、じゃまた後でね」そんな言葉と共にイルミが消えた。所定の位置にスタンバイしたのだろう。返事くらい待ってくれたっていいのに、と口を尖らせた。さっきまで隣にいた片割れの気配が消えた事実に、途端に緊張感が増す。すこしだけ身体に力が入ってることに気がついた。だめだ、余計な力はいらない。構えてはいけない。脱力、リラックス。息をゆっくり吐けば、ふと手の甲の治りかけの傷が目に入った。昨日訓練でついたばかりの傷を指先でなぞる。この日の為に毎日毎日訓練を受けてきた。大丈夫だ。私はゾルディック家の人間なのだから。そう自分に言い聞かせるように脳内で呟けば、心のざわめきが静かなものになる。頭が澄み切って視野が広まる。私なら、出来る。ヒートアップする入札の声が止み、更に最高額が提示された。合図の、ハンマープライス。高々とホールに木霊する木槌の音。落札決定の高らかな音が響き渡ると同時に、私の身体は動いていた。


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