電話を切ったあとも、神崎先生の腕に抱かれていた俺。
「なんで・・・っ・・・今さら・・・。」
神崎先生は、あんな形で『さよなら』をして、俺から去って行ったんだ。 あの日から1人の生徒と1人の先生として、自分を何度も何度も強く言い聞かせ、今までやってこれていたのを全てを台無しにされていく。
「嫌いな・・・くせに。」
だから言いたいことが、いっぱいあった。 溢れる気持ちだって、いっぱいあった。
「・・・俺のことなんか、好きじゃないくせにっ!!」
けれど抱かれたら最後。
「落ち着いてください浬くん。私はまだ何も・・・。そんなこと浬くんに言った記憶ありませんよ。」
誰よりも好きだったことを。 誰よりも愛していたことを。 忘れようと空っぽになっていた心に、ぴったりとハマるように、やっぱり俺はこの人が好きだという気持ちでいっぱいに埋め尽くされていく。
「そうですね・・・。最初のあの日、仕組まれていたことを知らなかったとは言え、好意がなければ私は浬くんと致していませんから。」
あの日、分かりきっていた神崎先生の答え。 でも彼は何も言わなかった。 俺だって、そんな答え聞こうとしなかった。 だけど今になって、その続きを。
「私も浬くんのことが好きだったんですよ、あの頃から。いや、その頃以前から。」
と。 ずっとずっと神崎先生に言われたかったことを、神崎先生は改めて俺に聞かせる。
「でなければ、浬くんの言いなりになんてなってませんから。あの写真に脅されて抵抗出来なかったのではなく、仕方なく脅されているフリをしてました。」
「え・・・。」
「私にも立場がありますので、表上に出すわけにはいかなかったんです。でも本当は嬉しかったんですよ、浬くんの方から私のところへ来てくれて。」
今までのことも一緒に明かして。
「じゃあなんであの日・・・、あんな真似して・・・っ。」
「いい加減、嫌になったからです。ずっと言いなりになってることしか出来ないのは。私だって浬くんのことが好きなのに、それを明かせられないまま過ごしているのも、腹が立っていましたから。だからとは言え、極端なことをしてしまってごめんなさい。」
でも俺が知りたいのは、これからのこと。
「浬くん。もう一度、貴方の気持ちを聞かせていただいてもいいですか?」
「・・・いいんですか?俺、本当に神崎先生の傍にいて、いいんですか?」
「えぇ、構いませんよ。浬くんが私の噂を耳にしていらっしゃるか分かりませんから、私はもう・・・。以前と違って独り身ですから、これからは気になさらず傍にいてほしいです。」
これは夢なのか、それとも現実なのか。 地に足がちゃんとついているのに、宙に浮いてる感じが否めない。 そんな言葉を神崎先生から聞かせてもらえるなんて思わなかった。 こんな日がやって来るだなんて、思いもしなかった。 だから俺は、許された気になれたのだろう。 忘れようとしていた想いを全部取り戻して、もう一度、告げた。
「・・・俺、神崎先生が好きです。」
「はい。私も好きですよ、浬くんのこと。」
すると神崎先生は、いつもの優しい顔で微笑んで、そう返してくれた。 俺の気持ちを全部受け止めてくれるように抱き締めて、再び口付けをし合う。
「ん?」
「どうかしましたか?浬くん。」
『1+1』の答えは『2』。 それは誰にでも分かる足し算。 そこに『+1』が加われば、答えは『3』。 けれどその『+1』は『3』ではなく、『2』になる答えを求めていた。 誰もが『それは間違っている』と言われてもー・・。
「なんか・・・、音がするような。」
「音、ですか?」
「ジーっていう感じの音、神崎先生聞こえませんか?」
『2−1』の答えは『1』。 それも誰にでも分かる引き算。 そこに『+1』が加われば、答えは『2』。 これにて『+1』の求めていた答えに辿り着くことが出来た。 だから誰かに『それは間違っている』と言われても、『+1』にとっては『これが正解』なのだから、もうその言葉は届かない。
「・・・・・・特には。」
「え?でも今も。」
「気のせいですよ。今ここには私と浬くんの他に、人はいませんから。」
夕暮れ時の放課後。 今この教室は2人しかいないのをいいことに、熱く激しく交わる1人の男性教員と1人の男子生徒。 愛し合う性の衝動に操られ、自分を完全に支配されていた。 隠されてるカメラのレンズが2人に向けられ、撮られ続けられていたことを1人だけが何も知らずに・・・。
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