そんな俺の話を聞き、静かに頷く神崎先生。
「そうですか。今も今までも並みならぬ努力をしていたからこそ、今の錦くんが在るというわけですね。」
「!」
「よく頑張りましたね、錦くん。先生は錦くんのこと、迷惑に思ったこと一度もありませんよ。」
ポフッと俺の頭に手を置いて、優しく撫でたのだった。 まるで幼い子をあやすかのように。
「逆に先生が錦くんに迷惑かけてしまっているのではないかと、心配に思っていただけですので。」
「そんなこと・・・っ、俺も神崎先生のこと。迷惑だなんて思ったことは、一度もないですから。」
その優しさが悔しかったのか、恥ずかしかったのか。 この顔を見られたくなくて、俺は前髪で表情を誤魔化した。
「・・・ッ。」
そしてさらに誤魔化したくて。 会話すら切り替えたくて・・・。 一緒に持ってきていたカバンから、あるモノを取り出した。
「そうだ・・・、神崎先生。」
「ん?」
「甘いものって好きですか?」
「甘いもの?」
「チョコ、一つどうです?」
それは一口サイズの小さなチョコレート。 手の平に一つ置き、神崎先生の前に差し出して勧める。
「チョコレートでしたか。では錦くんのお言葉に甘えて、お一つ頂きましょうか。」
「どうぞ・・・。」
勧められるまま神崎先生は、そのチョコレートを手にする。 銀色の包み紙をはがし、中に入っていたチョコを美味しそうに口へと運ぶ。 それを然りと確認。 この目で最後まで見届けた俺。
「・・・ん。あまり甘くないんですね。」
「甘くないチョコダメでしたか?」
「いえ、そんなことないですよ。このチョコレート美味しいですよ、錦く・・・!?」
ニッコリ笑顔を浮かべていた神崎先生の身に、何か異変が起きたのか。 急に自分の口を押え、言葉が止まってしまう。
「このチョコレート。この間、親戚の知り合いから海外旅行のお土産で頂いたんですよ。」
俺もそのチョコレートを食べようと。 一つ取り出して、銀色の包み紙をはがし自分の口へと運ぶ。
「パッケージに『アフォディジアック』って書かれていたんですけど、ずいぶんと変わった名前のチョコレートですよね。」
「!?」
このチョコレートが、いったいどういうチョコレートであり。 それが、どんな事態を招くのか。
「ま、待って!錦くん、このチョコレートは・・・!!」
「え?」
「あ・・・。」
このチョコレートの正体を明かした途端に、神崎先生は止めに入ったが。 時はすでに遅し。 自分の口の中に運んだチョコレートはそのまま溶けて、俺の体内へ。 そしてそのチョコレートが招く症状は、直ぐに訪れた。
「ッ!?」
ドクンッと強く唸り、ジワジワと火照てくる体の熱。
「・・・ッ・・・ぁ。」
「錦くんっ!」
次々、自身に起きる異変。 そんな訪れた症状に、俺はガタンッと椅子から、冷たいフローリングの床に落ちてしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
「かんざき・・・っ・・・せんせ・・・。」
向かいに座っていた神崎先生は崩れた俺を見て、慌ててこっちに来て傍に寄る。 彼の腕で支えられた俺は、自身の熱を熱くする。
「・・・・・・っ。」
神崎先生と目があった瞬間、バッと視線を逸らす。 平常心を壊され、羞恥に染まる精神。
「ご、ごめんなさい、神崎先生。俺、俺ッ。」
「錦くん、しっかり!」
「ごめんなさい・・・。神崎先生、ごめんなさ・・・っ・・・。」
燃えるようなこの熱さに耐えれなくなった俺。 もう何に対して謝っているのかすら分からない。 『ごめんなさい』を繰り返して、赤い顔色をより熟れせる。 『恥ずかしい』という思いが隣り合わせでいながらも、もうこんな自分を自分で止めることなんて出来なかった・・・。
「錦くん・・・っ。」
こんなになってしまう症状が、俺に訪れているんだ。 なら同じチョコを先に食べた神崎先生にも、きっと同じ症状が訪れているはず。 逸らした目をもう一度、ゆっくり神崎先生と合わせる。
「・・・っ・・・。」
狂った俺は何を訴えていたのか。 今度は神崎先生が俺から視線を逸らしてしまう。
「だ、ダメ・・・ですよ。錦くん。」
まだ言葉を口にしてもないのに拒まれた俺。 それが無性に悔しくて、せつなくて。 神崎先生に支えられてるのをいいことに。 下した視線で、神崎先生のも確かめてしまう。
「やっぱり・・・、神崎先生のまで・・・。」
「錦く・・・っ、ダメですって。いけません。先生なら、先生のことなら心配要りませんから。」
神崎先生にも、やはり自分と同じ症状が起きていた。 直ぐに隠されてしまったが、この目は一瞬を逃さなかった。 『ダメ』だとか『いけない』だとか。 そんな言葉を口にして、それが余計に煽っているとは思いもしてないのだろう。
「俺の・・・せいですよね。さっきのチョコが原因で、神崎先生のまで・・・。」
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