そして日曜日。
「おまたせ〜、錦くん。」
「!」
映画館は隣町にあるため。 俺たちは隣町の駅を待ち合わせ場所に指定し、
「遅くなってごめんね、錦くん。」
「いや、いいよ。俺も今来たばかりだから。」
及川が来るのを単語帳を眺めながら待っていた。
「な、なんだろう。今の台詞、まるでデートみたい。なんだか僕ドキドキしてきちゃった。」
「ドキドキしないで及川くん。断じてそんなことないから。」
「錦×及川が大瀬×錦より、どんどん厚くなっちゃいそう・・・!」
「人の話聞いてる?及川くん。」
少し遅れはしたが及川と俺で二人集まると、今度は大瀬カップルと合流するため、そのまま歩きで映画館へと向かう。 向こうに比べ、こっちは野郎二人で並んで歩いてると、なんだか少々やるせない気持ちが宿る。 及川に変な誤解を招かぬよう気を付けながら、他愛のない話を話題にして、向かう足を少しだけ急がせた。
「そういえばもう少ししたら試験だね。どう、及川くんはテスト勉強進んでる?」
「ウギャ!?ちょっ、ちょっと錦くん?遊んでる時ぐらい、そういう話はナシナシ!せっかくのお休みなんだから、もうちょい楽しい話しようよ。」
「あ、ごめん。つい・・・。」
それにしてもこうして男友達(まだ友達と認めたわけじゃないが)と遊びに出掛けるのって、すごく久しぶりだな。 よく考えてみれば中学ぶりのような気がする。 仲良かった奴らは皆、別の学校に行ってしまったし、他にも同じ出身校の奴らは数人いる。 けれど高校入ってから俺の豹変ぶりに、すごく驚いてたっけ? 今じゃ他の男子生徒と同じような目で睨まれること多々あるようになったけど。 ・・・そっか。 たまにはこうして男同士で出かけるのは、いいものなのかもな。 今になって改めて、そう思うよ。
「そういえば錦くんって、生徒会に興味ないの?」
「ないかな。勉強する時間、削れるの嫌だし。」
「へぇー。じゃあ錦くんにも苦手科目ってやっぱあったりする?そういうのってどうやって克服させてるの?何かコツとかあるなら教えてほしいな。参考にしてみたい。」
「え?んー・・別に大したことしてないよ。解けない箇所があったら、6時間ぐらいじっくり復習すれば克服できるし。」
「ろっ!?うぁー・・、さすがにそれは真似したくないかな〜。なんかすっごく時間を無駄遣いしてる気がしてならない。」
「そんなことないと思うけどな。たったの6時間で苦手が克服できるわけだから。」
「やっぱり出来る男は凡人とやり方が違うんだね・・・。」
その相手が及川や大瀬だと思うと癪だけど。 そこに贅沢は言っちゃいけない・・・。
「でも参考するなら錦くんのファッションスタイルかな〜?今日なんて私服姿だからちょっぴり新鮮な上、僕の目からでもかなりカッコいいし。ねね。これから錦くんのこと浬くんってお呼びしてもいい?錦くんも僕のことハルくんって、親しみ込めて呼んじゃっていいからさ。」
「錦くんのままで別にいいんじゃないのかな、及川くん。」
「え〜。僕は浬くんとお近づきになりたいの〜。」
「錦くんのままでいいよ、及川くん。」
それから少し歩いて、ようやく映画館に到着。 現地にはすでに大瀬と大瀬の彼女が待っていて、映画館の入り口にて合流。
「こっ、こんにちは錦くん。今日は来てくれて本当にありがとう!」
「こんにちは藍子さん。こちらこそ今日はありがとう。せっかくのデートを邪魔しちゃう形になってごめんね?」
「ううん、そんなことない!邦臣くんのことなら全然気にしなくていいから!」
「・・・ぐっ。」
口は災いの元だと誰かが言ったように。 社交辞令でお礼を言ったつもりが、俺に対する彼女の好感度を上げてしまい、キラキラとときめいて彼女の目が輝いていた。 そんな俺に再び怒りを燃やす大瀬。 大瀬の彼女の背中から、ギロッと凄まじい色をした怖い顔で睨まれてしまう始末に。
(はぁ・・・。)
いい加減、俺は無罪だということを気付いてほしいものだ。
そうしてもうじき上映時間のため、中に入った俺ら。 いちお大瀬たちはデートなので気を遣い。 横一列四人で並び、右から大瀬の彼女、大瀬、及川、俺という順番で席を取った。
「割と混んでるね。」
「日曜日だからね〜。よっし!映画始まっちゃう前に飲み物とポップコーン買ってこようよ。僕コーラにキャラメル〜。」
「藍子ちゃん。飲み物買ってきてやるから、ここで待ってな。何飲みたい?」
「錦くんと一緒の飲み物がいいな〜。」
「ぐ・・・っ。」
そして及川の案により男三人は一度席を離れ、ロビーにある売店へ。 それぞれ食べたい食べ物、飲みたい飲み物を注文する。
「錦。お前は何飲むんだ?あ゛ぁ゛?」
「・・・俺もコーラでいいです。」
「えぇっ!?浬くんも僕と同じコーラ!?」
そんな俺と大瀬の話を聞いていた及川。 ガガーンと効果音を口で出しながら驚き、ショックを一人で勝手に受けている。
「ど、どうしよう。暗い暗闇の中、間違えて僕が浬くんのコーラ飲んじゃったり、浬くんが僕のコーラ飲んじゃったら、間接チューになっちゃうじゃない!」
「大丈夫だから。そうならないよう、大いに気を付けるから安心して。」
「やっだなぁ、もう〜。錦×及川もとい、浬×春希の薄い本がもっと厚くなっちゃうよ。」
「お願いだから人の話を聞いて、及川くん。いい加減そっち方向に話を持っていくの止めようね?それと錦くんのままでいいから。」
けれど結局どうでもいい話だったため無視。 俺も飲み物(コーラ)だけを買おうと、売店の列に並ぶ。 そんな中、及川はちゃっかりしていて空いてる列を選び、どんどんお先に前へと進んで行く。 大瀬はというと彼女の分もあるため、ターゲットである俺を外さぬよう直ぐ後ろに並んだ。
「そういやー・・・。」
「ん?」
その時、ふと大瀬は何を思い出したのか。
「今になって思い出したんだが。この間、校舎裏でオレが錦を押し付けたとき。お前、一瞬だけオレのこと呼び捨てたろ?」
(ギクッ!)
ずっと忘れていても困らないものを思い出し、それを改めて俺に問う。
「呼んでたよな?」
「さ、さぁ?大瀬くんの気のせいじゃないかな。」
「気のせいだぁ?いいや、あれは気のせいなんかじゃねぇな。オレは及川と違って、そんなボケしねぇから間違いない。」
「・・・ッ。」
『つい』とは言え、否はボロを出した俺にある。 こんなところでそれを大瀬に指摘されるとは・・・。 っというか正直なところ。 及川や大瀬の二人に対して、そろそろ仮面を被ってるのがバカらしくなってきたのが今の俺の心境。 けれどいきなり全てを曝け出すわけにもいかないので、大瀬の問いに答えられず戸惑う。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・別にいいぞ、錦。」
「え?」
そんな俺を見て何を悟ったのか。 まだ何も言ってないのに、大瀬は首を縦に振り頷く。
「だから別にいいって、錦。お前の好きなようにオレを呼んでも。呼び捨てされたときは意外だったけど、オレもそっちのがしっくりくると思っただけだからさ。」
「大瀬、くん。」
「まぁ、錦なんかに藍子ちゃんは渡さないけどな。ほら、列進んだから、さっさと前行けよ。」
(そこは変わらないんだ。)
これが彼女持ちの大瀬の余裕なのだろうか。 ついさっきまであんなに敵意のある目で、人を睨んでいたくせに・・・。 皮肉な言葉を言われながらも大瀬は、こんな俺にまで接しようとしてくれていた。 でもそれは仮面下にいる俺を気づいてるわけじゃない。 けれど、ほんの少しだけ。 ほんの少しだけなら、この戸惑う心を許せるかもしれない。 大瀬の優しさが、ここまで俺の気持ちを開かせる。 だから優等生の錦 浬ではなく、せめて呼ぶときだけでもありのままの自分で今度から呼んでみようと。 そう心に少しだけ温かい気持ちを宿らせた。
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