隠恋慕 | ナノ

後がなくなって俺を見て蝶左は余裕そうにわらう。美鷺は相変わらず無言で何を考えているのか全く分からない。あの糸目の嘘つき。黒羽を怒らせたりしなきゃこんなことにならなかったのに。と続ける蝶左に美鷺の顔が少し歪む。

「黒羽さんを怒らせるって何ですか? わたしずっとここにいたんで話が分からないのですが」
「ああ、糸目が宝を奪って屋敷に火ィつけたって嘘ついたワケ」

ぎろり、彼女の視線が突き刺さる。その横では蝶左がさも愉快そうに笑っていた。同じ嘘つきなら程度の高い方を見つけたほうがいいと、さっきから聞いていれば、特に蝶左の言葉が腹立たしい。

「一緒にするなよ。空の嘘はてめーらとは違う良い嘘だ」

空のには沢山の人が、俺も救われた。黒羽のように人を傷つけるだけではないのだ。しかし蝶左はくつくつと笑って嘘は嘘だ、違いなんかないとはっきり言った。続けて美鷺も口を開いた。
知ってる? 嘘というのは必ず何かを傷つける。
その一言から垣間見えた彼女の本性。だが、美鷺に興味がわいた。ただの好奇心かもしれないけれど、一度彼女と話がしたい。

「それを使って、楽に生きていくのが賢い生き方ってワケさ」
「……!」

あと一回で毒が回る。何とか一撃だけでも入れられれば、必死に頭を動かし空ならどうするか考える。空なら、あいつならこんな時どうするか。長いこと一緒にいた甲斐があったもので閃いた。森へ入ると蝶左と美鷺は追ってきた。余裕があるのか、歩いて。
上着を木にかけ、髪を切り落とし太めの枝に括り付ける。あとは潜んで奴が現れるのを待つだけ。息を殺して耳を澄ませているとガサガサ、二つの足が草をかき分けて進む音が近くで聞こえる。なにかぼやいているのも聞こえる。俺は即席で作った二つの偽物に蝶左が引っ掛かるのを待ち、勢いよく飛び出す。美鷺に止められるよりも、蝶左に反応するよりも早く。
胸の真ん中を強く打てば後ろに吹っ飛んだ。すぐに起き上がろうとしたが、立ち上がれず殴ってとどめを。胸の真ん中を強く打つと、心臓が異常な事態に陥っているという嘘の情報が流れ数秒だが体が動かなくなる。狙い通り動きが止まり、俺は蝶左を倒すことができた。近くで見ていた美鷺は驚き、呆然と立ちすくんでいた。

「確かにおまえらの言うとおりだ。嘘ってのは誰かを傷つける。けど、それで助かる奴がいるなら……」
「…」
「…」
「テメーらの嘘より、カッコいいと思うぜ」

蝶左の動きを封じ、敵とはいえ女に手を上げるのはなんか嫌だ。お前はどうする? と聞けば両手を上げ降参のポーズをとり顔をしかめちっ、と小さく舌打ち。彼女はおとなしく俺の後をついてきた。
二人を連れて閨たちが逃げていった方へと急ぐ。そこは血の海と化しており、中心には殺されたはずの弐猫が万田の首を持って、平然と立っていた。

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