Clap Log
■ 5.変わり始める時

「いやぁ、僕ら、運がいいねぇ。」
呑気に呟く隣の男が憎たらしい。
「こらこら、京楽。現世実習なんだから気を引き締めろ。」
「大丈夫さ。この三人なら何が来ても問題ないよ。なんてったって、山じいの弟子だからね。」


そうなのだ。
何故か、私まで、山本元柳斎の稽古に付き合わされている。
総隊長というのは伊達ではなく、恐ろしく強い。


霊術院の授業をさぼってその辺を散歩していた時に見つかってしまったのだ。
とっさに逃げたが、逃げ切ることが出来ず、今に至る。
その山本元柳斎の弟子だと紹介されたのが今目の前にいる二人の男で、ため息を吐いたのは記憶に新しい。


『・・・はぁ。』
そして、今日もまた大きなため息が出た。
現世実習と言っても、偽虚を倒すだけのお遊びのようなもの。
はたしてこの程度で実践に役に立つのか疑問である。


・・・でも、蒼純様が行ってきなさいっていうから。
蒼純様のお手伝いをしていた方がよっぽど勉強になるのに。
内心で愚痴りながら、集まる視線から隠れるようにそれとなく浮竹と京楽の後ろに立つ。


視線が鬱陶しい。
今すぐにでも帰りたい。
なんだか頭も痛いようだし、実を言えば、朝から調子が悪い。
昨日は、家臣に呼ばれて家に泊まったから。
あの場所は安心できる場所などではなく、一睡も出来ないのが常。


だから、今日は蒼純様の傍に居たかったのに。
せめて銀嶺お爺様の傍に。
あの、六番隊に、行きたかったのに。
二人の顔だけでも、今すぐ見たいのに。


「・・・どうした?今日はいつも以上に静かだな。調子でも悪いのか?」
「ほんと?それは大変だ。・・・確かに隈が出来ているようだね。無理はしないでね?」
二人の男に顔を覗きこまれて、少し後ずさる。


何故、私の欲しい言葉をくれるのが、この二人なんだ。
何故私の体は、蒼純様からでも、銀嶺お爺様からでもない、この二人からの言葉に、震えるのだ。
私が信じられるのは、朽木家だけのはずなのに。


「え、無反応だよ、浮竹。」
「・・・そうだな。本当に大丈夫か?寒いか?震えているぞ?」
背中に触れられた手は、大きくて、温かかった。
蒼純様や銀嶺お爺様にしか感じることが出来なかった温かさ。


その温もりのせいで、ふ、と、体から力が抜ける。
「え?ちょっと!?」
「うわ、お前、熱があるじゃないか!」
「・・・先生!僕ら、この子を医務室に連れて行ってから行くね!」
「馬鹿だな、お前は。本当に調子が悪いならそう言え!」


二人の焦った声が遠くに聞こえる。
それから、抱きかかえられているであろう温もり。
これは浮竹で、何か声を掛けてきているのは京楽だ、と、心の冷静な部分が判断して、驚く。
一体、私はいつ、彼らの名前を覚えた?


これ以上近づいては駄目だ。
私は、一人でなければ、駄目なのだ。
『・・・わ、たしに、ちかづく、な・・・。』
力なく言った言葉は、拒絶の言葉。


「馬鹿だな。病人を放って置くわけにはいかんだろ。」
「そうそう。浮竹なんか、この前君に治療をしてもらったしね。」
「はは。そうだな。お前が何を恐れているのかは知らないが、俺たちなら大丈夫だぞ。」
「そうだよ。だから、もう少し、力を抜いてもいい。僕らを頼ってよ。何か、欲しいものはある?」


『・・・そうじゅんさま。』
問われてぼんやりと答える。
苦笑された気配がしたが、彼らは頷いたようだった。
それを感じて、意識が遠くなる。
次に目覚めたときには、二人はいなくて、代わりに、心配そうに私を看病する蒼純様の姿があったのだった。

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