Clap Log
■ お相手は京楽さん


『うぅ、ひっく、うぅ・・・。』
残業ついでに部下を回収してきてください。
そう七緒に言われて居酒屋を訪れた京楽は、カウンター席で涙を流す己の部下を見つけて苦笑を漏らす。
これは、失恋かな・・・。
酒の呑み方で彼女の様子が解ってしまう自分に、内心苦笑した。


「おやおや、今日は随分と呑んでるじゃないの。・・・あ、お猪口追加で。」
何気ない風を装って隣の席に座る。
すぐに出てきたお猪口を見た彼女は、反射的なのか抱えていた酒瓶を傾けた。
漂う酒の香りは、彼女が自棄酒をするときのものである。


「おっと、危ない。あんまり入れると溢れちゃうよ、君。」
溢れる前にそれとなく彼女から酒瓶を取り上げて、遠ざける。
その手際の良さに、視界の端で店主がほっとしたような顔をするのが見えた。
いつものようにお冷を用意してくれるあたり、流石というべきか。


『なんれぇ、わたしは、ふられりゅのれすかぁ?』
「あらら。また振られちゃったの?」
『そうなんれすよぉ。また、いつもみたいに、しごととこいびと、どっちがたいせつなの、ってぇ・・・。』


「で、いつものように仕事が大切、って答えちゃったわけだ。売り言葉に買い言葉みたいな感じで。」
『うぅ・・・。だって、たいせつだもん。わたしは、しにがみなんれす!』
持っていたお猪口を叩きつけながら、彼女は言う。


「でも、恋人のことも大切だった?」
『うぅ、はい・・・。すごく、たいせつに、おもってたんれすよぉ・・・。』
しくしくと泣き出した彼女の頭を撫でながら、本日何度目かの苦笑を漏らす。
毎度のことながら、不器用な子だ。


「まぁ、相手の気持ちもわかるけどねぇ・・・。最近忙しかったから、寂しかったのかもよ?」
『それでも、それでも・・・たいせつに、おもっていたのに、それを、わかってくれなかった!というか、いそがしかったのは、たいちょうのせい、なんれすよ!』


「あはは・・・。それはごめん?」
『まいにちまいにち、さぼりすぎれす!』
「そうかなぁ?ちゃんと仕事は終わらせているんだよ?」
『うそ、だぁ・・・。』


「本当だよ?」
まぁ、期限を守っているかどうかは怪しいけれども。
それは置いておくとして。
取り合えずこの状態の彼女をこのままにしておくわけにもいかないか。


「今日はもう帰ろうか。君は随分酔っているみたいだし。ここは僕が奢ってあげるからさ。」
『いやれす。まだのむ・・・。』
言いながら眠りに落ちそうな彼女が頭をぶつけそうになるので慌てて手を伸ばす。


「ほらほら。いまなら僕のおんぶ付きだよ?だからおいで?」
彼女の腕を取って自分の背中から肩に回す。
けれど、もう一方の手が回される気配がない。
振り向いてみれば、もう一方の手は遠ざけた酒瓶を目指そうとしていた。


『まだ、のめるんれす!まだ・・・。』
「後でまた奢ってあげるから、今日のところは帰るよ。いいね?」
幼子に言うように言えば、彼女は頬を膨らませながら腕を伸ばしてきた。
『じゃあ、だっこがいい・・・。』


・・・可愛いなぁ、もう。
いつもは凛としている彼女が酔うと子どもっぽくなるのは、とても可愛い。
だからこそ、彼女が酔っていると聞けば、こうして迎えに来てしまうのだけれど。
それが分かったうえで頼んでくる七緒ちゃんには手のひらで踊らされている気もするけれど。


「はいはい。だっこね。」
体の向きを変えてひょいと抱き上げれば、両腕が首に回される。
その体を片手で支えながら代金を支払って、店主に詫びを入れて店を出た。
そんな短い時間の間に彼女はすでに夢の中である。


「・・・まったく、人の気も知らないで。」
実を言えば、彼女が忙しくなるのは、彼女に恋人が出来た時。
それを操作しているのが自分だと知ったら、彼女はどんな顔をするのだろうか。
・・・なんて、考えるまでもないか。


「僕なら、君をこんなに泣かせたりしないのにね。」
呟きを零して、眠りながら涙を流す彼女の目元に唇を落とす。
「早く気付いてくれないと襲っちゃうよ、なんて、ね。」
そんな彼の呟きを、夜空に浮かぶ月だけが聞いているのだった。



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