Clap Log
■ お相手は市丸さん

あぁ、死神辞めたい。
今すぐに辞めたい。
今度こそ除籍願いを提出しようかしら。
それともこの書類の山を見なかったことにして帰ろうかしら。
・・・なんて、それが出来たら苦労しないのだけれど。


「なんや君、また死神辞めたいと思てはるやろ?」
ゆるりとした京訛り。
さらさらと揺れる銀髪。
こちらが見えているのかどうか分からないキツネ目。


突然目の前に現れたのは、言わずと知れた三番隊隊長市丸ギンである。
仕事をしてもらおうとこちらがいくら探しても一向に足取りが掴めないのに、こうして私が死神を辞めたいと思い始める頃に姿を見せる。
この神出鬼没な男のせいで、私は死神を辞められない。


『・・・どこぞの三番隊隊長がすぐに姿を消すので、私は普通の席官の三倍ほど仕事が多いのです。』
いつものことなので、筆を滑らせながらそう答える。
大変なんやねぇ、なんて、他人事のような返事もいつものこと。


深い溜め息を吐いて次の書類に手を伸ばす。
その手が書類を掴む前に、骨張った大きな手が私の手首を掴んだ。
構わず書類を掴んで腕を引くと、隊長の手に力が入って、ぐぐ、と無言の攻防が始まる。
もちろん、隊長の力に敵うはずもないのだけれど。
それでも力を緩めないのは、私の反抗の意思表示だ。


「・・・相変わらず悪い子やね。あかんて言うてるやないの。」
暫くすると、不意に伸びて来たもう一方の手が遠慮なく私の懐を探る。
遠慮の無さすぎるその動きに目を丸くしながら固まっていると、隊長はクスリと笑って懐から手を抜いた。


その手が掴んでいるのは、見覚えのある封筒。
除籍願、と書かれたそれは、いつでも死神を辞めることが出来るように常に持ち歩いているものだ。
・・・何度も隊長に取り上げられては破り捨てられてしまうので、もう何度書いたか分からないのだが。


「こんなん持ち歩いたらあかんやろ?」
愉快そうに口角を上げた隊長に我に帰って、隊長を睨みつける。
『・・・セクハラですよ。』
「まさか。僕と君の仲やないの。それに、僕の言うこと聞かへん君が悪いんよ。」


私の腕を離した隊長は、その骨張った手で除籍願をビリビリと破いていく。
細かくなった紙片が、ひらひらとごみ箱に吸い込まれていった。
あぁ、また書き直さなきゃ・・・。
隊長の手から零れ落ちる紙片が、どこか切ない。


『・・・市丸隊長。』
「うん?」
『辞めたいです、死神。』
「あかんよ。・・・君は此処に居らな。だって君、死神やろ?」


除籍願いを破り終えた隊長が、私を見つめる。
開かれた瞳がこちらを真っ直ぐに見ていて、その瞳に息を呑む。
蛇に睨まれた蛙。
その視線だけで、私の全てが隊長に囚われる。
伸びて来た手が、私の顎を掬い上げた。


「辞めたらあかんよ。ええ子やから、此処に居り。」
まるで幼子をあやすような言葉。
でも、逆らうことの出来ない絶対的な何かが、私の意思とは関係なく、私の口を動かした。


『は、い・・・。』
小さく掠れた声。
それでも隊長の耳にはちゃんと届いたらしく、彼は満足そうな顔をする。
「ええ子やね。」
顎を掬い上げていた隊長の手がするりと滑って、頬を撫でる。


直ぐに離れていったその手を目で追えば、ひらひらと悪戯に手を振られる。
その意味を悟って隊長に声を掛けようとした刹那、その姿が消えてしまう。
またやられた、と数秒前の自分を叱り飛ばしたくなった。


『私の、馬鹿・・・。』
小さく響いた呟きに虚しくなって、溜め息を吐く。
目の前に居ない間は顔を思い浮かべるだけで憎たらしいと感じるのに、隊長を目の前にするといつもこうなってしまう。
そうなる理由は、何となく解っているのだけれど。


・・・それでも、認めるのは癪だ。
仕事もせずにふらふらと、掴み所がなくて、そのくせ人の心を捕らえる。
あんな人に惹かれているなんて、認めない。
全ての人があの人に魅了されても、私だけは、認めない。
あの人は、私の心を解った上であんなことをする酷い人だから。


『・・・私ったら、本当に馬鹿。』
自嘲するように笑ってから、溜め息を吐く。
真っ新な紙を取り出して、筆を執る。


除籍願。
いい加減書き慣れた文字を、嫌味なほど丁寧に書く。
文字に切なさが滲まないように、あの憎たらしい男の顔を思い浮かべながら。
ほんの少しの期待を込めながら。




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