Clap Log
■ お相手は京楽さん

『「死神、辞めたいなぁ。」』
呟きが重なって、驚きにあたりを見回せば、近くの屋根の上に京楽隊長が居た。
彼もまた驚いているらしく、目を丸くしている。
互いに見つめ合って、それから苦笑を漏らした。


滅却師との戦いから一か月。
浮竹隊長が殉職してから、一か月。
つまり、私が己の隊長を失ってから、一か月。
浮竹隊長を失った悲しみを感じる暇もないほど、目まぐるしく過ぎた一か月。


『京楽隊長。お疲れ様です。休憩中ですか?』
「まぁね。君もかい?」
『えぇ。少し、息抜きです。』
「そっか。まぁ、こっちにおいでよ。風が気持ちいいよ。」
『では、お言葉に甘えて。』


屋根の上に上がれば、ざぁ、と風が吹いて、死覇装が風にはためいた。
舞い上がる何かの花びら。
ざわめく木々。
それらは清々しいものだったが、それが余計に眼下に広がる破壊され尽くした瀞霊廷のもの悲しさを引き立たせて、胸が痛む。
燦々と輝く太陽が浮竹隊長を思い出させて、涙が滲みそうになる。


「・・・まだまだ、復興は遠いねぇ。」
『はい。人手も資材も足りないようです。』
「僕も手を尽くしてはいるんだけどね。中々、難しいよ。また作り直すのならば、これまで不便だった部分を改善したいけれど。時間も何もかも、足りない。」
京楽隊長は、長い息を吐く。


「・・・せめて、浮竹が居てくれればなぁ。」
彼らしくない、弱気な呟き。
京楽隊長もまた、友の死を悼む暇がないのだろう。
その双肩には、護廷十三隊の全ての責任が圧し掛かっているのだから。


「なんて、こんなことを言っていたら、浮竹にも、山じいにも叱られちゃうね。」
苦笑を漏らす京楽隊長の瞳には、疲労が映っている。
人前では飄々としているけれど、彼の悲しみは私などよりも深いのだろう。
恩師も、友も失ったのだ。
大勢の部下たちも。


『いえ。・・・私も、全てを放り投げて、逃げ出したくなります。ずっと誇らしかった死神を辞めて、どこか、遠くへ行ってしまいたい。この一か月、ずっと、そんな思いが頭の片隅にあります。』
「うん。僕も。」


『私は十三番隊の席官だから、必死に隊をまとめてくれている朽木副隊長の支えにならなければ。何より、浮竹隊長が大切にしていた十三番隊を大切にしなければ。・・・そう思って、何とか必死に踏み止まっているのですが、少し、きついですね。』
苦笑を漏らせば京楽隊長もまた苦笑する。


「死神は天職だ、と公言していた君が、死神を辞めたい、なんて呟くくらいだから、相当堪えているみたいだね。」
『お互い様でしょう。京楽隊長の呟きも、ちゃんと聞きましたよ。』
「あはは。聞かれちゃったか。皆には、特に七緒ちゃんには秘密にしておいてね。」
悪戯に笑う隊長は、いつもの飄々とした隊長になっている。


強い人だ。
そして、弱い人だ。
この悪戯な笑みがそれを隠してしまうけれど。


『はい。・・・京楽隊長も私の先ほどの呟きは、秘密にしてくださいね。』
「もちろん。さっきの呟きが、ただの弱音じゃない本気の呟きでも、僕は君を辞めさせてあげないよ。総隊長の権限でね。」
『私たち隊士だって、総隊長に死神を辞められては困りますからね?』


「あはは。うん。辞めないよ。ただ、少し、弱音を吐きたくなることもあるよねぇ・・・。七緒ちゃんたら、今まで以上に厳しくてさ・・・。」
『総隊長なのですから、頑張って頂かないと。』
「君も手厳しいねぇ。」
少し情けない顔になった京楽隊長に思わず笑みが零れた。


「・・・総隊長ー!京楽隊長ー!どこにいらっしゃるのですか!!」
遠くからそんな声が聞こえてきて、二人でくすくすと笑う。
「全く、忙しいねぇ。・・・まぁ、でも、君のお蔭で良い息抜きになったよ。」
『私もです。』
「それじゃ、仕事に戻ろうか。」
『はい。』


まだ、何も癒えてはいないけれど。
弱音ばかりが出てくるけれど。
それでも、私たちは、生きている。
皆が、深い悲しみと苦悩を抱えながら。
負けるわけにはいかない、と歯を食いしばりながら。


『・・・負けてたまるか。』
小さく呟いてみる。
それが聞こえたらしく、京楽隊長が小さく笑った。
「いいね、それ。」


『京楽隊長も言ってみます?』
「浮竹に対して?」
『あはは。それから、山本総隊長に対して。』
「雷が落ちてきそうだから、それは遠慮するよ。」
京楽隊長はそう言って笑うと、足早に去っていく。
その背中を見て、新たな思いが一つ芽生えた。


浮竹隊長。
貴方の死を悲しむのは、もう少し先になりそうです。
浮竹隊長の代わりとはいかないけれど、私は、一隊士として、新しい総隊長の背中を支えたい。
だから、もう少し、待っていてください。


内心で呟いて空を見上げれば、燦々と輝く太陽。
風が頬を撫でて、それが、浮竹隊長に撫でられているようで、目を細める。
暫くそうしていると、遠くから伊勢副隊長のお叱りの声が聞こえてきて、思わず笑ってしまう。


忙しない日々。
問題が山積みで、仕事も山積みで、逃げ出したくなるけれど。
私以上に踏ん張っている人が居るから。
それだけで、私も頑張れる。
その背中が、私たちを引っ張ってくれる。


『負けてたまるか。』
もう一度そう呟いて、隊舎に足を向ける。
未来のために。
そして、全てを背負うあの背中のために。




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