Clap Log
■ お相手は平子さん

『・・・もう疲れた。眠い。帰りたい。でも仕事が終わらない。』
机の上には書類の山が五つほど。
処理済みの山は三つ。
つまり、あと二つの山は未処理の書類。


定刻などとうに過ぎている。
薄情な同僚たちは、私の机の上の書類の山を見なかったことにして帰っていった。
いい加減、集中力も切れた。
お腹も空いた。
いや、それよりも。


『何故、こんなに書類が回ってくるのか・・・。』
呟きを零して、溜め息を吐く。
黒崎一護に力を渡すために隊長格数名が現世に赴くのは、まぁ解る。
彼の力はそれだけ強大だし、尸魂界は彼に救われたのだから。


しかし、だからと言って、五番隊の第三席である私の元に大量の書類が回ってくるのは何故なのか。
現世に赴いた隊長格の仕事が他隊に振り分けられるのは解る。
十一番隊の二人(いや、三人か?)は別として、六番隊などは隊長副隊長が抜けているのだから。


抜けたのが隊長格ならば、仕事量が多いのも、その仕事が上位席官にしか処理できないものであることも、納得は出来る。
しかし、平子隊長が引き受けてきた書類をすべて私が処理するというのは、納得がいかない。


悪びれなく私の机の上に書類を乗せたあの人は、副隊長を連れて虚討伐の任務へと向かった。
つまり、今五番隊で指揮官の役割を果たすべきなのは、三席である私で。
まぁ、それも別にいい。
これまで幾度となくあった非常事態。
隊長副隊長が欠けている、ということにもいい加減慣れた。


『・・・でもね、平子隊長。私は三席であって、貴方が引き受けてきた隊長格の仕事を熟すには、時間がかかるんですよ。』
正直、今は隊長の顔を思い浮かべるだけで腹が立ってくる。
そもそも私は、どちらかといえば戦闘要員で、書類の処理能力は三席の中では並み。
虚討伐と書類仕事のどちらかを選べと言われれば、間違いなく虚討伐を選択する。


それも、隊長が引き受けて来たのは、六番隊の仕事。
六番隊といえば、あの朽木白哉が隊長で、副隊長は阿散井恋次。
その二人の名前を聞けば、当然のように朽木ルキアという名前も思い浮かぶ。
その朽木ルキアといえば、黒崎一護で。


そんな繋がりから、黒崎一護と共に、現世、虚圏問わずにあちらこちらを飛び回っているというのは、有名な話だ。
もちろん、通常業務の他に、だ。
よって、六番隊の仕事量は護廷十三隊の中でも一、二を争うほど多い。


その仕事量を処理できる能力がある事は尊敬するが、正直、朽木隊長は化け物だ。
五つあった書類の山のうち四つの山が朽木隊長の書類である。
この量を一日で熟し、尚且つ任務にまで出かけ、朽木家当主の仕事までやっているのだから、あの方は別格だ。
六番隊の席官でさえ、朽木隊長の寝顔を見たことがないというのにも納得がいく。


『その量を、私なんかに任せるのは、間違っていると思うんですよね・・・。』
自分の声が執務室に嫌に響いて、何度目かわからない溜め息を吐く。
藍染隊長ならばきっと自分で処理しただろうな・・・と、思ってしまうのも、仕方がないと思う。


『こんな無茶ぶりをされるなら、死神を辞めたいです、平子隊長。・・・いい加減、出てきては如何ですか。』
そう言って執務室の扉を見つめれば、その扉がゆっくりと開かれて。
現れたのは、金色の髪をさらりと揺らした平子隊長。


にぃ、と口角を上げている隊長は、結構前からそこに居た。
そもそも、集中力が切れたのは隊長が纏う緩い気配を感じたからである。
隊長の気配に気付いていながら、愚痴を零したのは、わざと。
隊長がそれに気付いていながら出てこなかったのも、わざとだろう。


「なんや、気付いとったんか。」
飄々と執務室に入ってきた隊長は、本当に任務に出かけていたのか、と思うくらい出て行ったときと同じ格好、同じ髪型で。
死覇装も、羽織も、足袋ですら、汚れが一切見当たらない。


『私が気付いていることに気付いていましたよね、隊長は。』
「なんや、不満そうやなァ。」
『そう言う隊長は、楽しそうですね。部下に仕事を放り投げて笑っているなんて、酷いです。女性死神協会に密告してやりたいくらいです。』


「何で手伝いに来てそないなこと言われなアカンねん。可哀想なうちの三席はあの書類の量じゃまだ帰ってへんのやろなァ、思て差し入れまで持って来たんやで?上司の鑑やんけ。・・・ほれ。弁当。夕飯まだやろ?」
差し出されたのは、比較的遅くまでやっている総菜屋さんのお弁当。


『お弁当だ・・・!ありがとうございます!』
遠慮なく受け取って、机の上を片付ける。
「食べる気満々やな・・・。」
適当に隣の席に座った隊長から呆れた声が聞こえてくるが、気にする余裕はない。
それほど空腹なのだ、私は。


『良いじゃないですか、腹が減っては戦は出来ぬ、です。・・・頂きます。』
手を合わせてから、お弁当のふたを開けて手を付け始める。
いつもならば味気ない大量生産のお弁当も、今日はとても美味しく感じる。
もぐもぐと咀嚼していると、隣から視線を感じる。


『・・・何ですか、人の顔をじろじろと。』
ちらりと横目で見た隊長は、いつもの緩い雰囲気を醸しながら頬杖をついている。
「美味そうに食うなァ、思て。買って来といて何やけど、味気ないやろ、その弁当。」
『どうやら空腹時は別のようです。』


「淡々と正論を答えるなや。そこは、隊長から頂いた物ならば何でも美味しいです、て言うところやろ。」
『私にお世辞を期待するのが間違っています。』
「可愛げない返事やなァ。」
『隊長に可愛さを見せてどうするんですか・・・。』


「ホンマに可愛げないわァ。・・・で、残りはこっちの二つの山でええんか?」
『はい。』
「思たより進んでるやんけ。あと半刻もあれば終わるやん。」
何気なくそう言って筆を手にする隊長は、やっぱり隊長なのだ、と思う。
隊長格というのは、戦闘だけでなく、事務処理能力も格が違うのだ。
骨ばった手の中にある筆が、淀みなく滑っていく。


『・・・私は今、自分が平凡以下な気がしてきました。』
「なんや急に。」
『というより、そんなに簡単に処理できるのならば、最初から隊長がやればよかったのに・・・。』


「アホ。何でオレがそない面倒なことせなあかんねん。お前はオレを過労死させたいんか?」
『まさか。過労死させたいのかと思っているのはこちらの方です。』
「誰も全部やっとけ、なんて言ってへんやろ。」
『それなら全部の書類を私の机の上に置いていくのはやめてください。』


「一山終わってれば十分やなァ、思てたんやけど、お前、意外とやりよったな。」
『意外とってなんですか。こう見えて、隊長副隊長の不在を預かって、何とかピンチを乗り切った身なんですけど。』
「せやったな。褒めたるわ。ご褒美も考えたる。」


この人は、こういう所が狡いと思う。
気だるげで他人なんか興味ありません、って顔をしているのに、こうやって唐突に褒める。
その上ご褒美をちらつかされたら、頑張ろう、なんて思ってしまうではないか。


『ご褒美、とは?』
「せやなァ・・・次の任務、桃の代わりにお前を連れてってもええで。」
『本当ですか!?』
自分でも瞳が輝いたのが解る。
隊長との任務に同行するなど、滅多にないことなのだ。


「ええで。連れてったる。」
『やった!ありがとうございます!』
「そんかわり、死神辞めるんはあかんで。」
真剣になった声音に首を傾げて隊長を見れば、隊長は真っ直ぐにこちらを見ていて。
その瞳にいつもの気怠さはひとかけらもない。


『・・・え。』
「え、て何や。」
『・・・・・・隊長、もしかして、私が死神を辞めたいって言ったの、本気にしたんですか?』


暫しの沈黙。
ふい、と目を逸らしたのは隊長。
隊長はそのまま止まっていた筆を滑らせはじめる。
さらりと髪が揺れて、隊長の横顔を隠した。


『え。そうなんですか?ねぇ、隊長?聞いてます?こっちを見てください。・・・平子隊長?』
呼びかけても隊長はこちらを見ない。
顔を覗きこもうとすれば、くるり、と隊長の顔がそっぽを向いた。


・・・ちょっと可愛いな、これは。
私の呟きを気にしてくれたのか。
そして、凄く嬉しいな、さっきの言葉。
そうか。
私が死神を辞めることを、隊長は止めてくれるのか。
その止め方は、素直な止め方ではないけれど。


『・・・平子隊長。』
「・・・・・・なんや。」
『私が剣を置くのは死ぬ時だけですので、ご安心を。』
「・・・好きにせえ。」


返ってきた声は、素っ気ないけれど。
隊長は、ただ私に書類を押し付けただけではなかったし、ちゃんと手伝いに来てくれた。
私の呟きを気にしてくれた。
それだけで、十分だ。


『あ、でも、定期的にご褒美を下さらないと、辞めるかもしれません。だから隊長、任務の後には美味しいご飯を奢ってくださいね。』
悪戯に言えば、調子に乗んなやアホ、と呆れた声が飛んで来るのだった。




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