Clap Log
■ お相手は浮竹さん

「お前、死神向いてないんじゃねぇ?」
任務の帰り道に、先輩に言われた言葉が頭から離れない。
きっと、先輩は私を心配してそう言ってくれたのだと思う。
確かに今日の任務は酷かった。
先輩が居なければ、私はきっと死んでいただろう。


逃げた虚を追いかけてぬかるみに足を取られるなんて。
虚しか見えていなくて、周りが見えていなかった証拠だ。
何かしらの功績をあげようと、焦っていたのも事実ではある。
十三番隊に入隊して三年が経過しているにも関わらず、一度も虚を仕留めたことがないからだ。


そもそも、虚討伐の任務に向かうことも少ない。
書類整理が主な仕事で、隊舎の掃除やお茶汲みを任されることも少なくない。
そんな中、せっかく任された虚討伐の任務だったのに。
・・・何の成果もあげることが出来なかった。


『今日も空白ばっかりだなぁ・・・。』
定刻を過ぎて一刻。
足を引っ張ったからと先輩から引き受けた書類を熟し、最後に今日の任務の報告書の確認をする。
空白が目立つそれは、特筆すべき成果が全くないことを表していて。
特になし。
大半の欄がその言葉で埋められている。


『やっぱり、向いてないのかなぁ、死神。書類仕事は嫌いじゃないけど、任務に出れば役立たずどころか仲間を危険な目に遭わせてしまうなんて、死神として使えなさすぎる・・・。私みたいなのは護廷隊に居ない方がいいのかな。もしかして、私、お荷物・・・?』
自分の言葉に、ははは、と乾いた笑いが漏れた。


『・・・はぁ。何か、もう疲れちゃったな・・・。』
盛大なため息をついて、机に突っ伏す。
『三年かぁ。頑張ったけど、何の役にも立てなかったなぁ。・・・もう、死神辞めたい。』


「そんな寂しいこと言わないでくれよ。」
誰もいないと思っていた執務室。
自分の呟きに答えるように聞こえてきた声に、がばりと起きあがる。
今や聞き慣れた声に慌てて振り向けば、そこには苦笑を浮かべた自隊の隊長が居て。


『浮竹隊長・・・。』
「やぁ。」
『お、お疲れ様です、浮竹隊長。』
慌てて立ち上がって頭を下げれば、頭を上げろ、と肩に手を置かれる。
大きな手だなぁ、と場違いなことを考えた。


「こんな時間まで残っているなんて、今日はどうしたんだ?」
『・・・任務で先輩の足を引っ張ったので、書類仕事で挽回しようと思いまして。』
「なるほどな。執務室に明かりがついていたから来てみたんだが・・・来てみて良かった。女の子が一人で遅くまで居るなんて、危ないじゃないか。」
『・・・申し訳ありません。』


「お前が謝ることはない。ただ俺が心配しただけだ。・・・それで、さっきの呟きは、どういう意味だ?冗談、というわけではなさそうだったが。何かあったか?」
心配そうに見つめられて、自分が情けなくなる。
隊長にまで、面倒をおかけしてしまった・・・。


「俺には話したくないのなら、無理に聞き出すことはしないが・・・。」
『そういうわけでは・・・。』
「それなら、俺に話してみてくれないか?床に臥せっていることは多いが、これでもお前の隊長なんだ。近頃のお前は、いつも俯きがちだ。その上、辞めたいなんて呟きを聞いてしまったら、隊長として放っては置けない。」


浮竹隊長は、優しい。
一隊士でしかない私の名前を憶えていてくれる。
一隊士の様子を把握してくれている。
私は何の役にも立てていないのに。


『・・・・・・情けないんです、私。』
呟くように言った声は、小さく震えている。
「情けない?」
私の言葉が意外だったのか、隊長は首を傾げた。
長い髪がさらりと揺れて、その白が明かりを反射して淡く浮き上がった。


『死神なのに、まだ虚を倒せたことがなくて。今日も、せっかく虚討伐の任務を任されたのに、足を滑らせて、先輩に迷惑をかけてしまいました。だから、書類整理を頑張ろうって、自分から引き受けたら、こんな時間になって・・・隊長にまで、ご迷惑を・・・。』
言いながら本当に情けない思いがしてきて、俯く。


「・・・お前、死神になって何年になる?」
『三年、です・・・。』
「そうか。・・・たった三年で、こんなに書類の処理が出来るようになったのか。頑張ったなぁ。」


『え・・・?』
思わぬ言葉に顔を上げれば、視線が交わってにこりと笑みを向けられる。
「一つ、良いことを教えてやろう。」
『良いこと・・・ですか?』


「あぁ。・・・今日、お前と一緒に任務に行った奴は、実力的には席官になれる。書類の処理も、虚の処理も・・・そうだな、低く見積もっても、七席程度だろう。だが今、うちの隊に席官の空きはない。だから、他の隊からの席官の誘いを彼奴に持ちかけているんだが・・・十三番隊がいいと言って聞いてくれないんだ。」
隊長は、困ったような、でも、どこか嬉しげな表情をしている。


「それで、いつ席官になってもいいように、時折席官クラスの仕事を任せている。・・・彼奴から任された書類を見せてみろ。」
『へ?あ、はい。これ、です・・・。』
先輩から任された書類の束を渡せば、隊長はそれをぱらぱらとめくって、ある一枚に目を止めた。


「・・・やはりな。彼奴も人が悪い。お前がこんな時間まで残っているのも頷ける。」
苦笑を漏らした隊長に首を傾げれば、その一枚を見せられる。
「これは、俺が彼奴に任せた席官クラスの書類だ。内容はたいして重要ではないが、処理方法は煩雑だっただろう?」
言われてまじまじとその書類を見れば、確かに苦戦した書類だった。


『確かに、その書類が、一番時間がかかりました・・・。』
「そうだろうな。・・・彼奴はなぁ、わざとお前にこの書類を任せたんだ。それが何故だか解るか?」
にこやかに問われるも、先輩の心情など推し量ることは出来ない。


『解りません・・・。』
「はは。正直だなぁ、お前は。・・・答えは、お前の書類の処理能力を買っているからだ。」
『え・・・?』


「お前にならば処理できると思ったからこそ、お前に任せたんだ。席官の仕事を熟しながら後輩の成長を手助けするなんて、やってくれるよなぁ。・・・まぁ、つまり、お前は情けなくなんかない。確かに虚討伐は得意ではないかもしれないが、その分、書類仕事でうちの隊に貢献してくれている。」


『本当、ですか・・・?』
「あぁ。お前が作成した書類は、理路整然としていて、字も綺麗だ。大量の書類に目を通す身としては、かなり有難い。それから、ついでに言うが、お前の淹れた茶は美味い。・・・だからなぁ、死神を辞めたいだなんて、言わないでくれよ・・・。」


眉を下げて、少し情けない顔になった隊長は、嘘を言っているようには見えなかった。
そんな隊長の言葉が、嬉しかった。
私の知らないところで、私を育てようとしてくれている先輩の気持ちも、嬉しかった。
追いつきたい、と強く思う。


『・・・私、もう少し、頑張ってみようと思います。』
「本当か!?」
瞳を輝かせた隊長が、なんだか可愛らしい。
自分の父親くらいの年齢の隊長に可愛いと思うのは失礼に当たるのだろうけれど。


『はい。・・・浮竹隊長。』
「うん?」
『私は、死神として、十三番隊に居てもいいですか?』
「もちろん。十三番隊には、お前が必要だ。」


『・・・よし。元気が出ました。ありがとうございます、浮竹隊長。』
笑みを見せれば、隊長はほっとしたらしい。
嬉しげな笑みが向けられて、私も嬉しくなる。


・・・この方の力になりたい。
穏やかに見守って下さっているこの方の力に。
戦闘面では役に立たないかもしれないけれど。
それならそれ以外の面で隊長の力になってみせよう。
隊長の微笑みを見ていると、何でも出来る気がしてくるのだった。




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