Clap Log
■ お相手は白哉さん

『・・・あぁもう!!死神なんて嫌だ!!』
皆が静かに筆を滑らせていた六番隊舎の執務室に、女の苛立ったような声が響く。
「うるせぇぞ。」
面倒そうに返事を返すのは、六番隊副隊長阿散井恋次その人だ。


『だって、聞いてくださいよ、阿散井副隊長!これ、今月の私の実働時間!!このひと月、非番返上で働いて、そのうえほぼ毎日残業!!なのに、私のお給料に変化なし!これは一体どういうことですか!!』
女が見せるのは、一か月分の出勤時間と退勤時間を書いたと思われる書類である。


「そう言えば、お前、毎日見かけるな。」
『そうなんですよ!何か最近休んでないなぁ、と思って書き出してみれば、これ!!ちょっと、酷すぎませんか!?』
「仕事中に何やってんだよ・・・。」


『良いじゃないですか!副隊長と違って、仕事は終わっているんですから!』
「おいこら。俺が仕事遅いみたな言い方すんな。」
『実際書類仕事は私の方が早いですもん!それなのに・・・それなのに、どうして私はこんなに残業して、休みも与えられず、馬車馬の如く酷使されているのか・・・!!!副隊長でさえ、この間非番を貰っていたのに!!』


頭を抱える女は、これでも六番隊の第三席で。
六番隊を取りまとめる朽木白哉お気に入りの優秀な部下である。
月一回のこの騒ぎがなければ、文句なしなんだがな・・・。
玉に瑕、という言葉は、此奴のためにあるのかもしれない、と恋次は内心でため息を吐いた。


『もう嫌!今度こそ、朽木隊長に直談判してやる!死神辞めますって、言って来ます!』
「ちょ、おい、こら、待て!!それはやめろ!!」
足音荒く立ち上がって、迷うことなく隊主室に向かおうとする女を恋次は必死に止める。
そんな彼に続いて、隊士たち数人が、彼女の行く手を阻んだ。


『退いて!!だって、おかしい!何で私より副隊長の方が休んでるの!!』
「さ、三席、落ち着いてください!」
『離して!私だってたまにはお酒を呑んで羽目を外したり、現世にお出かけしたり、縁側でお昼寝をしたりしたい!!』
制止を振り切ろうとする彼女を、隊士たちは全力で押し留める。


『それが出来ないなら、死神なんかやめて、三食昼寝付の生活をしてやる!』
「駄目です、三席!辞めないでください!」
『すぐに私を養ってくれる人を探し出して、辞めてやるんだから!!』
「三席・・・!」


「・・・・・・なるほど。それが兄の望みか。」
静かな声に、騒がしかった執務室はしん、と、静まり返った。
執務室の戸口に立っているのは、己らの隊長。
これまで月に一度のこの騒ぎを彼に隠してきた恋次と隊士たちは、顔を青褪めさせる。


やばい。
どんなに優秀でお気に入りでも、こんなことを言って騒ぐ奴をあの隊長が許すはずがない・・・。
恐る恐る見た隊長の顔は、いつもの無表情で。


良くて左遷。
悪くて除籍。
どちらにしろ彼女が居なくなる未来を想像して、恋次は頭を抱えたくなる。
何かと隊長副隊長が駆り出される六番隊の仕事が他隊と遜色なく仕事を回せているのは、隊長の能力の高さにもあるが、彼女の功績も大きい。
だからこそ、皆が一丸となって、彼女のこれを隊長に隠し通してきたのに・・・。


『そうなんです!だから、隊長!私、もう、死神辞めたいです!!』
恋次たちの苦労など露知らず、女は己の隊長に向かってはっきりと言い放つ。
終わった・・・。
絶望を通り越して悟りを開くしかない状況に、恋次は遠くを見つめた。


「兄を養う相手は、すぐに見つかるのか?」
『見つけてやります!こう見えて、私、結構モテるんですよ!この前だって、貴族の殿方に告白されたんですから!』
その言葉は確かに事実だ。
この三席が美人で優秀な女であることは、他隊の者たちも良く知っている。


「ほう?それは初耳だな。」
低くなった隊長の声。
これは本当にやばい。
恋次は内心で呟く。


「・・・待とうかとも思ったが、止めにするか。」
一瞬の沈黙のうち、そう呟いた己の隊長に、恋次は首を傾げる。
声音が元に戻っている。
そう言えば、怒気も発せられてはいない。


「今、兄に辞められるのは困る。このまま三席として責務を果たせ。」
『そんな!?私、このままじゃ過労死します!副隊長より働いているんですよ!?』
「知っている。」
『何だって!?まさかの隊長公認の馬車馬!?もう嫌!すぐに辞めます!!!』


「そんなにすぐに辞めたいか。」
『辞めたいです!』
「そうか。ならば・・・一つ、条件がある。その条件を呑めば、すぐにでも辞めさせてやろう。」


『本当ですか!?』
瞳を輝かせた女は、自分の身を取り押さえていた隊士たちを振り切って、隊長の目の前に駆け寄った。
「あぁ。」


『その、条件とは?私、死神を辞めさせていただけるのならば、なんでもします!』
「何でも?」
『はい!』
「二言はないな?」
『ありません!』


「・・・そうか。ならば、すぐに祝言の準備をせねばな。」
『わ!?』
そんな言葉と共に彼女を抱え上げた白哉に皆が唖然とする。
『祝言・・・?え、隊長!?』


「条件を、呑むのだろう?」
『そ、それは、そうですけど・・・。これは一体・・・。』
「私の妻となるのならば、三食昼寝付で酒も時間も好きなだけくれてやる。」
『妻!?何がどうなってそんなことに!?』


「その身を養ってくれる男を探しているのだろう?」
『いや、そうですけど!』
「私がその男になると言っているのだ。それが、兄が死神を辞める条件だ。・・・虫よけのためにすぐに婚約を発表しておこう。」


『え、ま、待ってください!そんなの、現実的じゃありません!』
「そうか?だが、兄は先ほど二言はないと言ったであろう。」
『い・・・って、なくは、ないですけど、でも!!』
「ならば、文句は聞かぬ。」


『え、ちょ、待って!!いや、話し合いましょ?ね?』
「二度は言わぬ。大人しくしろ。」
『嫌です!!離してください!・・・離せ、この人攫い!!ていうか、誰か助けろー!!』
じたばたともがくも問答無用で連れ去られていく彼女を、一同は唖然と見送る。


「・・・・・・た、隊長って、三席のことが・・・?」
「じょ、冗談・・・?」
「いや、あの隊長が、その手の冗談を言うわけないだろう・・・。」
「何もかもすっ飛ばして祝言とか言うあたり、本気だな・・・。」


「そこも驚きだが、お前ら、事の重大さを解ってんのか・・・?」
状況を理解した恋次は、青褪めている。
それを見て、隊士たちは首を傾げた。


「・・・彼奴が抜けるってことは、六番隊の書類が回らなくなるってことだぞ。その上、隊長のお気に入りが、いつも俺たちの傍に居たという状況がなくなるんだぞ?」
恋次の言葉に、皆が息を呑む。
この先の残業のオンパレード。
己の隊長への切り札の消失。
事あるごとに彼女を頼っていた六番隊の者たちにとっては一大事だ。


「解ったなら、すぐに仕事に取り掛かれ。彼奴が抜けたんじゃ、今日から残業が決定だ。死に物狂いで仕事を片付けろ。」
「「「はい!!!」」」
六番隊の隊士たちは筆を執って仕事を始める。
それでも次から次へとやってくる仕事に、彼女の居ない執務室は修羅場と化すのだった。




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