Clap Log
■ 12.遠い未来

「・・・今日で、一週間か。」
「そうだね・・・。護廷隊まで足を伸ばしても見つからなかったね・・・。」
「あぁ。結局、元柳斎先生に怒られただけだった。」
「頼みの綱の蒼純殿も捕まらないし・・・。」


「「一体、彼女はどこに居るのか・・・。」」
元柳斎の説教を受けた帰り道。
溜め息を吐いた二人は、疲れたように近くの木に背中を預ける。
この一週間、彼らの同期の少女が、全く姿を見せないのだった。


「巫女様!!どうか、お戻りを!!」
『断る。私の役目は果たした。』
「ですが!大巫女様は、もう、お力が・・・。」
『あんな人のことなど、私は知らない。』
どこからか聞こえてきた声に、浮竹と京楽は目を合わせる。


「巫女様!!大巫女様は、お体が悪いのです!本当は、立つことすら、儘ならないのですよ!!」
『・・・だから何だというのだ。あの人は、母を、私の母を見殺しにしただろう!!何故、何故私に知らせなかった!!朽木家にも知らせていないとは、どういうことだ!!母は朽木家の、銀嶺お爺様の、大切な娘で、蒼純様の姉だというのに!!無礼も大概にしろ!』


怒りを宿した鋭い声。
その身から滲み出る重い霊圧。
「み、こ、さま・・・。」
ちらりと声の方を見れば、相手の女は霊圧に当てられたのか、苦しげにその場に崩れ落ちる。


『私はこれから朽木家に行き、事情を説明してくる。お前も、あの人も、庇ったりなどしない。母に関する事実はすべて話す。その身を引き裂かれること、覚悟しておけと伝えろ。・・・暫く家には帰らぬ。二度と私の前に顔を見せるな。』
彼女はそのまま姿を消した。


二人がその背中を追ったのは、反射的で。
普通ならば、霊圧に当てられた女を放って置くことなどせずに、どちらかが女の元へ行き、どちらかが彼女を追いかけたのだろうが、二人の本能が、彼女を追いかけることを選択した。


揺れる霊圧を辿るのは容易い。
そして、彼女はこちらの気配に気付いては居ないようだった。
先ほどの話の内容からして、彼女の母が亡くなっていたことが解る。
それを、彼女は、知らされていなかったのだ。


『・・・は、はぁ、はぁ、はぁ。』
珍しく息を乱した彼女は、流れ落ちる滝の前で立ち止まる。
声を掛けることを躊躇うほどの、孤独に満ちた背中。
握りしめられた拳からは、血が流れ出ていた。
彼女の纏う白衣と緋袴には、あちこちに血が滲んでいて、袖から覗く手首には、痛々しい傷跡。
足も怪我をしているらしく、白かったであろう足袋が、紅く染まっている。


『・・・・・・誰だ。』
視線を感じたのか、彼女の殺気がこちらに向けられる。
手負いの獣。
そんな瞳に、二人は小さく震えて、恐る恐る木の陰から姿を見せた。


『何をしている。』
「いや、その、君を、探して・・・。」
「それより、手当てをした方が・・・。」
『構うな。』


ぱしん、と、浮竹が伸ばした手は払いのけられる。
その瞳には拒絶の色しかなく。
入学したばかりの頃の彼女に戻ってしまった、いや、それ以上に、心を閉じたようだった。


『・・・君たちには関係のないことだ。去れ。』
「だが・・・。」
「そんな姿を見て、放って置くわけには・・・。」
『来るな。』
じろり、と向けられた瞳は、紅に染まっている。


「「・・・!!!」」
その瞳に気を取られた刹那、二人の体から力が抜けた。
彼女はいつの間にか背後に居て、白伏だ、と思う間もなく、その場に崩れ落ちる。
意識が飛ぶ寸前、遠ざかる足音が嫌に耳に響いた。


暫くして意識を取り戻した二人は、顔を見合わせて、溜め息を吐く。
彼女に拒絶されたことが、衝撃的だった。
いつかきっと、時間を掛ければ彼女の心を開くことが出来ると思っていたのは、傲慢だったのだ。
あんな彼女に、近付けるわけがなかった。
近付いてはいけないと、本能が訴えていた。


翌日、耳に入ってきた噂に、二人は目を見開く。
彼女を監禁、また、彼女の母の死を隠蔽していたとして、彼女の祖母に刑軍が差し向けられたというのだ。
そして、彼女の祖母は捕縛。
刑軍の判断により、調査の権限は朽木家に移され、現在朽木家が詳細を調査中とのことだった。
それから一月半、彼女は霊術院に一度も姿を見せなかった。


『・・・浮竹。京楽。』
一月半後に姿を見せた彼女は、いつもの無表情で。
その瞳は、最後に見たあの紅い瞳ではなかったけれど、同じくらい冷淡な瞳で。
また最初からやり直すのか、と、二人は心が折れそうになる。


それでも、彼女が呼んだのは、まぎれもなく自分たちの名で。
彼女はまだ自分たちのことを覚えている。
そして、声が届く場所に居る。
それだけを頼りに、二人は、名を呼んだ相手に笑みを向けた。


「どうした?」
「なんだい?」
そう問えば、彼女は不本意そうにあの日の謝罪を呟く。
そんなことを言ったのかと蒼純様に怒られたのだ、と。
だから謝る、と。
それだけ言って去っていった彼女に、二人は笑い声を上げる。


きっと、まだ、自分たちでは何の力にもなれないけれど。
それでも、この先、長い時間をかけて、彼女に寄り添おう。
彼女が、心からの謝罪をしてくれるまで。
彼女が、心からの笑みを浮かべるまで。
苦しみも、痛みも、嬉しさや楽しさも、全てを分け合える、友になれる日まで。


そんな日が来るのは、あと数百年後。
彼らが彼女の幸せを共有する日は、まだ遠い。



2016.11.01
連載夢主と浮竹さんと京楽さんの院生時代のお話でした。
浮竹さんと京楽さんは、院生時代から夢主に振り回されていたと思われます。


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