Clap Log
■ 8.巫女の舞

蒼天に花火が打ち上げられて、演武大会の始まりを知らせる。
元柳斎の挨拶が終わり、楽の音が流れると純白の衣装に身を包んだ彼女が姿を見せた。
といっても頭巾を被った彼女は、目元だけしか晒していないのだが。
しかし、その瞳は空色の美しい瞳で、彼女を知る者が見れば一目で彼女だと分かる。


とん、と彼女が足を踏み出せば、会場の空気が一瞬で変化して、己の肺にあるモノが、しん、と静かになった。
・・・この静けさは、何だ?
何故、俺の中にあるモノは、彼女に反応する?
そして何故、俺は彼女に恐怖しているのだ?


ぞくり、と、背筋が寒くなった。
ちらりと隣の京楽を見るが、彼は吸い寄せられるように彼女を見つめている。
その表情はいつも彼が女性を見る時のだらしがないものではなく、強張っているようにも見える。
それは京楽だけではなく、会場にいる者たちの全員がそんな表情をしていた。


確かに、見る者すべてにこんな顔をされては拷問というに相応しい。
一週間前の彼女の頼みにも納得する。
彼女がこの場で舞いたくなかった理由もよく分かる。
これ以上ないくらい異質なのだ。


煌びやかな金の刺繍が施された純白の衣装を着ていても、彼女の気配は暗く重い。
巨大な捕食者の前に無防備に晒されたような、そんな、恐怖。
何か大きな、自分などでは触れてはいけないような、畏怖。


『舞を終えたらすぐに動いてくれ。』
一週間前、彼女は俺たちにそう言った。
何故、と問えば、見ればわかると返された。
だが、彼女の舞を見て、確かにそうだと納得する。


異質。
一言で言えばその言葉が一番しっくりくるだろう。
誰もが瞬きを惜しむくらいには美しい舞だが、彼女は本当にそこに居るのだろうかと疑問を抱くほどに、彼女が遠くなっていく。
体がそこにあるだけで、心はこの場から離れたところに抜け出してしまったようだ。


甲高い笛の音が空気を切り裂くように天に響いて楽が終わる。
動きを止めた彼女は音の余韻が消えても微動だにしない。
会場の誰もが動くことを忘れているようで、しん、と沈黙が落ちた。
動かなければ、と思って身じろぐと衣摺れの音が小さく響いて、続いて隣の京楽が思い出したように拍手をしようと動き始める。
それから周りの者たちが次々と動き始めるのだった。


「・・・やはり、あの子は彼らに協力を頼んだようですね。」
浮竹と京楽を観察していた蒼純の呟きに、銀嶺は小さく頷きを返す。
「あの子は聡い。私たちにばかり心を傾けるな、という無言の意図を汲んで彼らに話を持ち掛けた。」
「そうだな。・・・少しずつ、ほんの少しだが、あれらに心を開いているのやもしれぬ。」


「そうだと良いのですが・・・。」
蒼純はそう言って困ったように微笑む。
「何か心配しているのか?」
「・・・彼らは、あの子があの子らしさを取り戻すためには必要不可欠でしょう。でも・・・これは私が何となくそう思うという話なのですが・・・彼らだけでは、足りない気がします。」


「足りない、か・・・。」
「はい。きっと彼らはあの子に大きな影響を与えるけれど、彼らでは埋められない何かがある。そしてそれはきっと・・・。」
言いながら蒼純は目を伏せる。
「私たちでも、埋めることは出来ない・・・。」


確信を持って言った蒼純に、銀嶺は、この息子は一体何を感じ取っているのだろうと彼をちらりと見る。
その瞳は真っ直ぐに何かを見つめているようで、この息子もまたあの孫娘と同じように何処か遠いところに居るのだと思う。
それにもどかしさを感じつつも、己の役目は見守ることだと言い聞かせるのだった。

[ prev / next ]
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -