色彩
■ 六番隊第四席 後編

「・・・朽葉家は確かに我が朽木家の系譜であり、その姓を与えたのは朽木家です。しかしながら、六番隊の席官というのは、六番隊を支える柱の一つ。朽木家の系譜の者を選ぶほうが扱いやすいこともあるでしょうが、我らは相応の人物しか選びませんよ。それに、隊士に任務を与えるのは我々です。もし任務が失敗すれば、それは、隊士の責任ではなくその隊士を任務に行かせた我々の責任です。」


きっぱりと言い切ったのは、当時の副隊長、朽木蒼純様だった。
病弱で、朽木家の中では霊圧が大きいわけでもなかった。
けれども、思慮深く、何より朽木家を誇りに思っている方だった。
そしてそれは、朽木家の方々に脈々と受け継がれていて。


本当は、青藍様に続いて橙晴様が入隊する際に、引退しようかとも考えていた。
前任の五席が事情により席官を返上したお陰で、それは叶わなかったのだけれど。
それでもやはり橙晴様の席次が自分よりも下というのはどうも落ち着かなくて、朽木隊長にもその旨を申し上げたのだが。


「そなたの申し出は却下する。青藍も橙晴も朽木家の者であり我が息子であるが、それだけで席官に任命することはない。しかしながら、朽木家に大事があった場合、我らはそちらの対処に回らねばならぬ。その際に恋次だけでは目が行き届かぬこともあろう。本来ならば、そなたを三席に据え、青藍を四席にするべきところなのだが・・・。」


目を伏せた朽木隊長のその表情は、苦悩が微かに滲んでいて。
その理由には、心当たりがあった。
蒼純様が副隊長となった理由と同じなのだろう。
朽木家の次期当主は確定されていないが、誰もが青藍様にそれを望んでいる。


「私と咲夜の子というだけでも争いの火種になる可能性を孕んでいるのだ、我が子らは。そのうえ青藍は長子で、咲夜に似ている。容姿だけではなく、その中身までも。それ故、相応の地位に据えて己の身を守る術を学ばせておく必要があるのだ。青藍は橙晴と違ってそこに存在するだけで敵を作る。本人に敵意がなくとも。」


少しだけ苦笑が混ざった口調。
隊長として、己の隊士を守ること。
当主として、朽木家の安寧を守ること。
父として、我が子を守ること。
咲夜様を娶られた際に覚悟していたとしても、その責任は重い。


『・・・あぁ!!もう!恋次さん!!もう一本お願いします!!』
その時、遠くから聞こえてきた青藍様の声に隊長が苦笑を漏らす。
その朗らかな声が、朽木隊長の悩みも迷いも些細なものにしてしまったのかもしれない。
隊長の話を聞いて己の役目を再認識した自分ですら、その迷いを消し飛ばされたようで。


「隊長にそこまで打ち明けられては、四席の務めを全うするしか道はなさそうですね。我儘を申し上げました。お時間を取らせてしまい申し訳ありません。」
頭を下げれば隊長が笑った気配がした。
そして、頼む、と隊長の穏やかな声が降ってきたのだった。


『・・・秋霖さん?どうかした?』
どうやら回想に耽っていたらしい。
いつの間にか青藍様と橙晴様が目の前にやって来ている。
彼らの手にした書類が己の机に置かれて、思わず苦笑を漏らす。


「いえ。少し思い出したことがあっただけです。青藍様に橙晴様・・・いや、朽木三席に朽木五席。それらの書類に不備はありませんので、そのまま隊長に提出を。」
「え?もう目を通したので?」
不思議そうな橙晴様は、昔の白哉様と同じ表情だ。


「通させていただきました。重要書類ですので、お早めに提出ください。」
「秋霖さんって、本当に四席なの・・・?というか、四席で良いの?」
『え、でも六番隊って秋霖さん抜けたら回らないよね・・・。』
「確かに・・・それはすごく困りますね・・・。」


「嬉しいお言葉ですね。ですがご安心を。この身がお役に立つうちは、六番隊に尽力させていただきます。」
笑みをせればこの可愛い上司と部下はどこか誇らしげに笑って。
隊長の本心と、この表情を見せられては、己は動かずにはいられないのだと内心苦笑する。


「さて、先ほどのお話ですが、一つ提案がございます。塾の教師の件ですが、院生に手伝いをしてもらうというのは如何でしょうか?優秀な者を何名か選抜して講義をさせてみては?霊術院の成績優秀者はいずれ席官となって、隊士を率いる立場となりましょう。民が相手とはいえ、他人を率いる立場を経験させておくのも悪くはないと思いますが。」


『なるほど・・・。それなら人件費も抑えられるかもしれない・・・。』
「院生の無理のない範囲で、ということになると場所は限られてしまうかもしれませんが、始めから全てというわけにもいきませんからね。」
『よし!そうしよう!責任者は・・・師走・・・いや、奈月たちにしよう。』


「あの二人ならば兄様の振りをして色々とやっていたようですから、適任でしょう。適宜、睦月と師走と弥生さんを手伝いに向かわせればいいですし。」
『そうだね。後は、六番隊の隊士たちも時々派遣しようか。質の向上と我が隊の隊士に憧れて六番隊への入隊希望が増えることも狙って。まぁ、他の隊から申し出があれば受け入れるけれど。』


次々と構想が固まっていくのは流石というべきか。
二人・・・いや、茶羅様もこの計画に加わるだろうから、三人か。
この三人が揃うと朽木隊長が一人で当主業を熟していた頃よりも数倍仕事が早い。
一人ずつではまだまだ朽木隊長には敵わないけれども。


「何というか、朽木家は安泰ですねぇ・・・。」
しみじみと呟けば二人はこちらを不思議そうに見つめて。
「何を言っているの。僕らがこうして隊舎で当主業の話が出来る余裕があるのは、秋霖さんが六番隊の仕事を回してくれているからだよ?」


『というか、塾の件は秋霖さんの意見が通ったのだから、手伝ってもらうからね?』
「それはもちろん、心得ておりますよ。」
『それで、朽木家の安寧は、朽木家の家人だけでは成り立たないんだからね?』
叱るような青藍様の口調に何度目かの苦笑を漏らす。


「またそういう狡いことをおっしゃるから私はここから離れられないのです。」
『「手放すつもりなんてないもの。」』
揃った声に執務室のそこかしこから小さな笑い声が聞こえてくる。
それは次第に大きくなって、書類に遮られて淀んでいた執務室の空気を明るくするのだった。



2020.10.08
六番隊第四席朽葉秋霖(くちばしゅうりん)のお話でした。
青藍と橙晴の間でやっていけるとなると、白哉さんからの信頼も厚い有能な人材だろうなという管理人の想像です。
本編にも一瞬だけ出ていたりします。
蒼純さんの少し下くらいのイメージで、新城暦の指導担当だったりする気がします。


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