色彩
■ 六番隊第四席 前編

『・・・ねぇ、橙晴。』
六番隊の執務室。
筆の音と紙が擦れる音しかない静けさを破ったのは、六番隊第三席朽木青藍である。
といっても、彼の筆を走らせる速さは変わっていないのだが。


「何ですか?」
返事をしたのは六番隊第五席朽木橙晴。
こちらも筆は止めずに兄君の呼びかけに応える。
二人とも書類整理に追われていて、机の上は書類の山だ。


かくいう自分も、同じ有様なのだが。
六番隊第四席、朽葉秋霖。
それが己の名で、毎日朽木兄弟に挟まれながら仕事をし、朽木家に一大事とあれば事務的な手続きを一手に引き受けなければならない地位に居る。


『今年の慈善事業は何が良いかな。井戸も掘ったし、診療所の整備も進んでるし、職人や医師の派遣もやっているし・・・。』
どうやらこの会話は天下の朽木家の次なる政策の話らしい。
ならば自分にはそう関係のある話ではない。


「そうですねぇ・・・塾、というのはどうですか?現世から流魂街に来た者たちの大半は文字が読めますが、幼くしてこちらに来た者やこちらで生まれた者は識字率が低いと茶羅が言っていました。それから、虚に対抗する知識が全くないのも問題だと。」
手を止めていないが、現在五席は隊の予算案を作成中のはず。
隊長の裁可が下りれば隊主会での資料となる重要書類なのだが、この五席はそれすらも片手間に熟してしまうらしい。


『なるほどねぇ。茶羅も子どもたちに色々と教えているようだし、そういう場があればもっと効率的に教育を施すことが出来るってわけか。でもなぁ・・・予算がなぁ・・・。』
そういう三席は現在、朽木隊長の事務仕事を一手に引き受けている。
つまり、彼が淀みなく筆を滑らせているそれらの書類もまた重要書類だ。


「場所はともかく、塾となれば教師も必要になりますからねぇ。継続するとなると、毎年予算を充てなければ。でも・・・予算と言えば、莫大な予備費があるのでは?」
『橙晴、朽木家の莫大な予備費の使い道の殆どは、この隊舎の修繕に充てられているのだよ。・・・誰かさんたちのせいで。』


ぼそりと付け足された言葉がどこか不穏なのは気のせいだろう。
いや、気のせいだと思いたい。
三席の言う「誰かさん」というのはとんでもない方たちばかりなのだ。
当然、そこには我らが六番隊隊長朽木白哉も含まれている。


「・・・そうでした。父上も十五夜様もいい加減にして欲しいところです。」
『あはは・・・。僕はもう諦めました。お陰で隊舎は日々綺麗になっていくから隊士たちの福利厚生の向上にも一役買っているし。』
「一番その利益を受けているのは兄様ですよね・・・。秘密の部屋まで作って・・・。」


『そりゃあ、作り変えるなら色々と便利になったほうが良いもの。どうせお金を出すのは朽木家なんだし。僕、こう見えて朽木家当主だよ?』
「そうだとしても、喜助さんに頼むのは止めませんか・・・。急に地下道に落ちるとか心臓に悪いんですけど。」


正直、五席の言葉には深く同意である。
作り変えられた隊舎は確かに綺麗で快適なのだが、あちらこちらに仕掛けられた罠が発動すると、事情を知っている席官が隊士の救出に向かわなければならないのだ。
特に、地下道の全容を把握しているのは五席までなので自分にもその仕事が回ってくる。


『あの辺りは一般の隊士の立ち入りは禁止にしているんだけどね。何故か迷いこむ隊士が絶えないんだよねぇ・・・。喜助さん、何か仕組んだのかな・・・。』
「あの人は言われた以上の仕事をする人ですからね・・・。良くも悪くも。」
げんなりとした様子の五席に、思わずうんうんと頷いてしまったのだが。


『朽葉四席、頷きすぎです。』
書類の壁があるから見えないと思っていたのに、三席の苦笑交じりの声にびくりとする。
「申し訳ありません、つい・・・。」
謝罪を述べれば三席はくすくすと笑って書類の山から顔を出した。


『やっぱり、秋霖さんでもそう思う?』
砕けた口調と悪戯なその表情は幼い頃から変わらない。
銀嶺様の時代に席官となった身だから、朽木隊長も三席も五席も幼い頃から知っている。
もちろん、彼らの母である咲夜殿も。


「我らはともかく、隊士には複雑すぎるかと。」
正直に述べれば三席は苦笑して。
『秋霖さんの仕事まで増やしてごめんね。』
「それでなくても僕らは秋霖さんに頼りっぱなしなのに。」


「構いませんよ。朽木家の皆様との付き合い方は心得ております故。朽木家から頂いた朽葉の名に恥じぬように。」
「あ、そっか。朽葉家って、朽木家の系譜か。」
「昔々、大昔の話です。今となっては、血縁関係はほぼないに等しいですが。」


それでも最初は、朽木家に近しい家だから席官に選ばれたのだと思った。
実力で選ばれた訳ではないと。
けれど、それは間違いだったらしく。
任務に失敗して席次の返上を申し出たら、銀嶺様と蒼純様に呆れられたものだ。



2020.10.08
後編へ続きます。


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