色彩
■ 夜桜

『・・・今年は、桜を見ることも出来るのですねぇ。』
隊舎からの帰り道。
隣を歩く青藍のしみじみとした呟きに、白哉は複雑な心境になる。
何も知らぬ他人が聞けば呑気だと笑われるような言葉でも、遠征から帰還した息子が言えば、呑気さの奥にある心情を推し量ってしまう。


青藍が帰還したのは数か月前。
慌ただしく過ぎた日々を思い返す暇もなかった。
青藍が帰還したことへの対応に加え、儀式やら何やらが重なって。
気が付けば桜も満開となり、一週間後には新人が入隊してくる。


「今年はゆっくりと花見をする時間もなさそうだがな。」
『忙しいですからね・・・。新人が入ってくればまた騒がしくなりますし。まぁ僕は、暫く新人たちとの接触は出来ませんが。』
「仕方あるまい。そなたが近くに居ると新人たちの覚えが悪くなるのだ。」


『何故僕は駄目で橙晴は大丈夫なのか・・・。お陰で僕の机はいつも書類の山・・・。』
不満げな呟きと共に漏らされた疲れたような溜め息。
このところ、青藍と揃って帰ることが多い。
ちらりと視線を向ければ、やはりと言うべきか、疲れが漂っている様子が窺えた。


「・・・疲れては、いないか。」
己以上にあれこれと駆けまわっている息子は、その問いに苦笑を漏らす。
『疲れはもちろんありますよ。本当に目まぐるしい日々ですからね。』
「そうだな。私はたまに全て投げ出してやろうかという心境になる。」


『あはは。僕も同じです。でも・・・その忙しさすら、疲れたと思うことすら、何だか幸せなんです。』
前を見つめながら、青藍は微笑みを見せる。
その笑みが穏やかであることに、白哉は安堵した。


『どんなに忙しくても、大切な人たちが手を伸ばせば届く距離に居る。それがどれほど幸せなことなのか身に沁みました。前から解っているつもりだったけれど、やっぱり僕は、幸せだなぁ、って。』
青藍は言いながら手を伸ばして、ひらり、ひらりと舞う桜の花びらを掴もうとする。


「そうだな・・・。私もよくそう思う。」
邸や隊舎に青藍の気配を感じられること。
自然に青藍の存在が景色に溶け込んでいること。
それらに気付く度に、青藍が此処に居ることに感謝すらするのだ。


『あ、また逃げられた・・・。』
桜の花びらにするすると逃げられて、青藍は少しだけ悔しそうな顔をする。
その姿に笑えば、青藍は拗ねたように唇を尖らせた。
幼い頃から変わらぬその表情に、やはり笑う。


『ちゃんと集中すれば、取れるんですからね?』
「遊んでいるだけなのは解っている。私の千本桜を目で追うことが出来るのだ。桜の花びらを捕まえるくらい容易かろう。」
言いながら桜の花びらを易々と指で捕まえて見せれば、青藍は悔しそうにして。


『・・・ほら、取れた!取れましたよ、父上!』
すぐにその指先で花びらを捕らえた青藍は、得意げにそれを見せる。
「良かったな、青藍。」
わざと幼子にするように頭を撫でてやれば、それが伝わったらしい。


『父上!幼子のような扱いはやめてください!僕だって、そろそろいい歳なんですから!』
抗議をしてきた息子にまた笑って頭を撫でる。
止める気がないことも伝わったらしく、青藍は無言で不満そうな瞳を向けてきた。


「いくつになろうと、私にとっては可愛い我が子だ。青藍も、橙晴も、茶羅も。」
遠征隊から帰還した青藍。
青藍に代わって当主業を務めた橙晴。
青藍の帰りを祈り続けた茶羅。


「皆、自慢の我が子だ。そなたたちが想像する以上にな。」
反目し合う兄弟の話はよく聞くが、これ程互いに強い支えとなる兄弟は珍しい。
根本的な性格は似ているが、それぞれが己の道を見つけて、自立している。
違う方向を見ていても、立ち位置が変わっても、同じ景色を見ることが出来る。


『そんなの、当たり前じゃないですか。僕たち三人は、父上と母上の子どもなのですから。そのうえ、各分野で一流の指導者が僕らの教育をしているんです。周りが一流だらけで、自分たちが二流で居るわけにはいかないでしょう。それを恥じるくらいの気概はあるつもりです。』


「それが自慢だと言っているのだ。自らの血筋ばかりを驕る者は多い。それだけあれば何でも出来るとでもいうように、それ以外の努力をしない輩もな。だが、そなたらは違う。相手が誰であろうと、学ぶべきものがあると思えばすぐに己のものにしてしまう。」
その吸収力も、それを判断する観察力も恐ろしく高いのだ、この子らは。


『学んでおいて損をすることはないと、皆が解っているからです。父上だって、夜一さんに教わった技を使うでしょう?それと同じことです。まぁ、僕らの場合は、隊長格を含め、曲者揃いを幼い頃から相手にしている訳ですから、嫌でも学びます。いつまでも掌の上で転がされているのは我慢なりませんから。』


「その負けず嫌いは、誰に似たのやら。」
揶揄うように言えば青藍は笑って。
『父上に決まっているじゃないですか。父上だって、同じ境遇で育ったのですから。』
当然とばかりに言われた言葉に、苦笑を漏らす。


「違いないな。」
言いながら手のひらを差し出せば、何かに誘われたように、桜が三片舞い降りてきて。
ざぁと強い風が吹いて、その花びらたちを攫い、遠く、高く舞い上げた。
遊ぶように彼方へと消えていったその花びらは、まるで我が子らのよう。


ただ一つ違うのは、我が子らは必ず帰ってくるということ。
どんなに遠く離れても、高く飛んで行っても、彼らの帰る場所があるということ。
・・・いつまでも、そうあることが出来るように。
彼方を見つめながら、白哉は祈る。
その祈りに応えるように、桜の木々が揺れた気がした。



2020.06.16
とある日の帰宅風景。
白哉さんにはやはり満開の桜が似合います。
きっと橙晴ともこんな帰り道があるのでしょう。


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