色彩
■ 散歩

「・・・これで一段落だな。」
昼食後、黙々と筆を進めていた冬獅郎はそう言って筆をおく。
同じ姿勢で居たせいで強張った体を伸ばしつつ、執務室のソファへと移動した。
すると、ノックと共に金髪の少女が執務室に姿を見せる。


「失礼いたしますわ、冬獅郎さん。琥珀庵からの配達に参りました。」
ひょこり、という擬音が似合う動きで扉から顔を見せたのは茶羅で。
昔から変わらない悪戯っ子のような現れ方に、冬獅郎は小さく笑う。
いつものように入室を促せば、彼女はするりとその身を滑らせるように入ってきた。


「あら、これから休憩なのですね。それではお茶でも淹れましょうか?」
こちらの返事を待つことなく、茶羅はお茶の準備を始める。
その無駄のない動きを、冬獅郎はぼんやりと眺めた。
飾り気のない指先であっても品性を感じられるのは、朽木家の教育の賜物なのだろう。


「琥珀庵は相変わらずか?」
「えぇ、まぁ。青藍兄様が遠征に向かわれてから暫くは騒がしい日々でしたが、今は以前の落ち着きを取り戻していますわ。兄様への誹謗中傷は、相変わらず絶えませんけれど。」


茶羅の言葉に頷きを返しながら、冬獅郎は未だ遠い地に居る青藍を思う。
彼奴のことだ。
そう易々と死ぬことはないだろう。
ましてや、あんな僻地で野垂れ死ぬなど。


「まぁ、八割方青藍に問題があるからな。それは仕方ねぇだろう。」
言って冬獅郎は淹れ終わった湯飲みに手を伸ばす。
ゆっくりと時間をかけて手順通りに淹れられたお茶は、香りが良い。
もちろん、茶屋の茶葉を使っているのだから、素材も良いのだろうが。


「お蔭で父上も母上もルキア姉さまも橙晴も十四郎さんも春水さんも姿を見かけなくて。他の皆さんも琥珀庵に来られる頻度は少なくなってしまいました。だからこうして、私の方から皆の様子を見に来ているの。冬獅郎さんと乱菊さんは定期的に注文してくださるから、とっても有難いわ。」


笑みを見せながらもその瞳が寂しげで、冬獅郎は内心苦笑する。
昔から青藍を慕って、無茶をする兄の心配をしていた茶羅。
そんな兄が危険に晒されると、時折密かに一人で涙を流していることを、冬獅郎は知っている。


「・・・もどかしいか、茶羅。」
問えば、少しだけ悔しそうにその瞳が揺れた。
彼女は紛れもなく朽木家の生まれだが、燿と夫婦となった今は朽木家の姫ではない。
朽木家を出ることによって果てしない自由を手に入れたが、朽木家の姫が持つことの出来る権力やら影響力といった類のものはもう彼女の手にはない。


「もどかしいわ。だって、私はもう朽木家の姫ではなくなったけれど、青藍兄様は私の兄様だもの。父上も、母上も、ルキア姉さまも、橙晴も、皆、私の家族なのよ。」
それなのに、私にはもう、何の力も無いの。
呟かれた言葉は、彼女らしくない後ろ向きな言葉で。


「茶羅。」
名を呼べば、こちらに向けられた瞳には涙が浮かんでいた。
青藍帰還のために、皆が忙しくしている。
それなのに、こうして菓子を届けるくらいしか力になれない自分を、彼女は許せないのだ。


「俺はこれから休憩がてら散歩に行くんだが、一緒に行くか?」
「散歩・・・?」
「あぁ。」
「一体、どこへ?」


「着いてくれば解る。」
言いながら冬獅郎は備え付けの箪笥から何やら取り出して、茶羅に投げ渡す。
自らも同じものを取り出して、その身に纏った。
受け取ったそれを広げた茶羅は、目を丸くする。


「これって・・・喜助さん特製の霊圧を遮断する外套?」
「そうだ。この間現世へ出かけた時、浦原から渡された。これがあればどこへでも忍び込める。例えば・・・大霊書回廊とかな。」
「まさか・・・。」


「そのまさかだ。青藍は、お前に自由を与えた。その翼で何処まででも、何処へでも飛んで行けと。それが自分を更に縛り付けることを解っていながら。・・・来るか来ないかはお前の自由だ。ま、着いてくるってんなら、俺が忍び込み方を教えてやるけどな。」
どうする、と問えば、その瞳が次第に輝いて。


「冬獅郎さん、大好き!」
思い切り飛びついてきたその体を、冬獅郎は受け止める。
「お前なぁ、もういい加減子どもじゃねぇんだぞ。」
「あら、冬獅郎さんは嫌なの?」


「嫌っつーか、咲夜さんだけでも大変なのに、こんな姿を朽木に見られたら余計なとばっちりがくるだろうが。」
「そこで夫の名前より先に父上が出てくるあたり、流石私よね・・・。」
茶羅はそう苦笑しつつも、抱き着いたまますり寄ってきて。


「・・・ったく、仕方ねえ奴。」
溜め息をついて、その頭を撫でてやれば、満足そうな笑い声が聞こえてきた。
「冬獅郎さんの手は、いつだって温かくて、優しいのね。」
くすくすと笑った茶羅に安堵して、未だ抱き着く彼女と距離を取る。


「はいはい。そりゃ良かったな。」
「本当のことなのに。」
「そうかよ。ほら、行くぞ、茶羅。」
「はぁい。私、気配を消すのは上手いから、安心してね。」


姿を鬼道で隠して、執務室を出る。
屋根に上がって駆けだせば、茶羅は遅れることなく着いてきて。
そういや瞬歩も使えるんだったな、と瞬歩に切り替える。
それでもやはり遅れることはない。


暫く速度を加減していると、後ろに居たはずの茶羅が自分を追い越していって。
自慢げな顔でこちらを振り向いて、もっと早くても大丈夫よ、なんていつもの顔で笑うものだから、何だか可笑しくなってしまうのだった。



2021.12.08
茶羅を見守っているのは、冬獅郎さんも同じ。
実は誰よりも早く茶羅が抱く燿への恋心を察知していた、という設定がありました。
白哉さん以外の隊長で一番茶羅が懐いているのも冬獅郎さんだったりします。


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