色彩
■ 風邪引き

それは、橙晴が六番隊の第五席になってから三月が経ったころのこと。
橙晴はいつも通りに出勤していた。
何となく体の重さを感じつつも、あくびを噛み殺しながら隊士たちからの挨拶に応えて隊舎の廊下を進む。
既に執務室に居るらしい父と兄の霊圧を感じて、橙晴は歩みを速めた。


「おはようございます、父上。兄様。」
執務室に入ればそこには父と兄が何やら書類を広げていたらしい。
二人の顔が書類から己の方へ向いて、その動きが同じ動きで、橙晴は笑いを噛み殺す。
いつも通りそれぞれから挨拶が返ってきたのだが、二人の視線が己から書類に戻されないことに首を傾げた。


『・・・橙晴?』
此方を見つめたままの兄様が妙な顔をしていて、父上に視線を向ければ、こちらも妙な顔をしていた。
その様子に目を瞬かせていると、青藍兄様がこちらへ来いと手招きをしたのでそちらに歩みを進める。


「・・・わ!?」
目の前にやって来るや否や腕を掴まれて、ぐいと引っ張られた。
「な、何ですか、兄様?」
戸惑っていると青藍兄様の顔が鼻先が触れそうになるまで近づいてくる。


『橙晴、君、風伯はどうしたの?』
兄の口から出てきた己の斬魄刀の名にさらに首を傾げつつ、橙晴は口を開いた。
「風伯?いつも通りだと思いますが・・・どうかしましたか?」
そう問えば、目の前の兄はまじまじとこちらを見て、すっとその身を引く。


『・・・・・・父上、今日の任務はやはり僕が行きます。』
妙な沈黙の後、兄様はそう言って父上を見つめた。
「・・・・・・そのようだな。それが良い。」
その父上もまた、妙な間を置いてから頷きを返す。


「兄様?父上?どうしたのですか?」
「今日の任務の話だ。経験を積ませるために橙晴の部下を行かせることにしたのだ。」
『そうそう。それで、いつも通り橙晴に行ってもらおうかと話していたんだけど、今日は僕が連れていくよ。たまには違う上官と組むのも悪くないだろうし。』


「それは、構いませんが・・・。」
『代わりに今日は四番隊に行ってくれるかい?回道の講習会に参加してくれると有難いのだけれど。』
「参加者は決定している故、そなたは時間になったら四番隊へ行けばよい。各隊席官を一人出席させることになっているのだ。」


・・・何故二人とも妙な顔で僕を見るのだろうか。
二人に頷きを返しながら、橙晴は内心首を傾げる。
彼らの瞳が真っ直ぐに此方を見ているため、落ち着かないのだが。
妙に思って口を開こうとしたとき、伝令神機が鳴り響いて、橙晴はその機会を失うのだった。


その日の午後。
橙晴が四番隊へと向かっていると前から歩いてきたのは、八番隊副隊長伊勢七緒である。
「こんにちは・・・橙晴君?」
笑みを見せて挨拶をしてきたかと思えば、その顔が妙な顔つきになって。


「七緒さん?どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません。橙晴君は、どちらへ?」
「四番隊です。今朝急に父上に言われて回道の講習会に参加することになったので。」
問いに応えれば、七緒は納得したような顔になって、笑みを見せる。


「そうですか。今日の講習会には上級救護班のほかに卯ノ花隊長や睦月さんも参加するそうですよ。」
「そうなのですか?」
「えぇ。先ほど本人から伺ったので間違いありません。」


「それはまたレベルの高い講習会になりそうですね・・・。」
「橙晴君ならば問題ないでしょう。睦月さんの英才教育を受けているんですから。」
「そうだといいのですが。」
橙晴は苦笑を漏らしつつ、七緒に挨拶をして別れた。


「あら、橙晴じゃない。この時間に此処に居るってことは、もしかして、講習会に参加する・・・の・・・?」
四番隊舎を進んでいると、雪乃が姿を見せる。
彼女もまた、橙晴の顔をまじまじと見つめて、妙な顔をした。


「・・・もしかして風伯?」
問われた言葉に橙晴は首を傾げる。
「風伯?何を言っているの、雪乃?というか、朝から父上も兄様も七緒さんも僕の顔を見るなり妙な顔をしてくるんだけど、どうして?」


「・・・なるほど。無自覚なのね。」
何かに納得したように頷いて、雪乃は徐に橙晴の頬に手を伸ばす。
するり、と己の頬を撫でた雪乃の手が冷たい。
手を洗ったばかりなのだろうか、などと考えていると、ひた、と額に手を当てられて。


「自覚がないようだけれど、貴方、熱があるわよ?」
「え・・・?」
「朝、自分で鏡を見て気が付かなかったの?」
「鏡?」


「ちょっと待ってて。」
言って雪乃は懐から手鏡を取り出した。
その手鏡がこちらに向けられて、橙晴は目を丸くする。
・・・瞳の色が、いつもと違う。


「ぎん、いろ・・・あれ、黒に戻った・・・いや、やっぱり銀色・・・?」
「慣れない業務に疲れているうえに熱が出て、風伯の制御が上手くできていないのではないのかしら。その銀色は、風伯と同じ色だわ。」
雪乃は言いながら橙晴の手を引いて、廊下を進み始めた。


「あら、雪乃。そろそろ始まりますよ・・・橙晴?」
反対側から歩いてきた卯ノ花は、橙晴に気付くとすぐに歩み寄る。
す、とその手のひらを橙晴の額に当てて、後ろに控えていた勇音を見た。
見つめられた勇音は、卯ノ花の言わんとしていることを察して口を開く。


「特別室の空きがありますので、すぐにお使いいただけます。」
「では、雪乃。橙晴を連れて行きなさい。すぐに睦月を向かわせます。」
「よろしいのですか?草薙先生は今日の講義の講師では?」
「代役は私が務めますから、問題ありません。橙晴を任せましたよ。」


「はい。解りました。・・・それじゃあ、橙晴。行くわよ。」
「うん・・・。」
「橙晴は、ゆっくりお休みなさい。睦月の薬もちゃんと飲むのですよ。」
「はぁい・・・。」


病室に着けば、どうやったのか、睦月の方が先に到着している。
待ち構えていたらしい睦月は橙晴を見るや否や卯ノ花と同じようにその額に手を当てた。
予想以上に熱いな、と呟いて、橙晴をベッドに連れていく。
だんだんと熱があることを自覚してきた橙晴は、言われるままに横になった。


「橙晴、お前、昼飯は?」
「食べたよ。兄様がくれた睦月特製の携帯栄養食品。一つだけだけど。」
「そうか。なら薬は飲めるな。・・・朝比奈。」
「はい?」


「橙晴の薬、作ってみるか?」
「え・・・?私でいいのですか?」
「ただの風邪だからな。そう難しいものじゃない。ただし、四番隊で通常出す風邪薬なんかじゃなく、草薙の風邪薬だけどな。」


「・・・ゆきの、ぼくは、よんばんたいのかぜぐすりがいいなぁ・・・。」
熱に浮かされながらも、橙晴の耳には睦月の言葉が聞こえていたらしい。
弱々しいその声に、雪乃は仏心を出してしまいそうになるのだが、それはこの目の前の緑の男が許さないだろうと考えて、橙晴に苦笑を見せる。


「貴方を治療するのに、朽木家の専属医の言葉に逆らう理由がないわ。あとで差し入れをしてあげるから、草薙先生の薬を飲むことね。」
「まぁ、そういうことだ。諦めろ、橙晴。」
「うぅ・・・ひどい・・・。むつきのくすりは、にがいんだからね・・・。」


「大丈夫よ。それだけ熱が高いんだから、味覚もあやふやになっているわ。」
雪乃はそう言って調剤室に向かうために病室を出て行った。
その姿を見送って、橙晴は恨めしげに睦月を見上げる。
それに気付かぬふりをしつつ、睦月はこの際だからと採血やらなにやら診察を始めるのだった。


『・・・橙晴、大丈夫かなぁ。』
無事に任務を終えて帰って来ていた青藍は、白哉の居る執務室で心配そうに呟く。
「大丈夫だ。雪乃が橙晴に熱があることに気が付いて、看病をしているらしい。卯ノ花隊長と睦月からそれぞれ連絡があった。橙晴の薬も雪乃が処方したとのことだ。」


『流石雪乃。あの睦月が朽木家の者の薬の処方を任せるとは。しかし・・・何故、橙晴の瞳の色が変わったのでしょう?熱が出て制御が不安定になったというのは分からなくもありませんが・・・。』
「橙晴の斬魄刀が、そなたや咲夜と同じように使用者と一体化する類のものなのやもしれぬ。親子間で斬魄刀の能力が似ることはあるようだからな。」


『なるほど。僕の斬魄刀も始解は刀身がなくなりますからねぇ。千本桜と同じく。』
「あぁ。もっとも、そなたの卍解は、咲夜のそれとよく似ているが。特に、森羅のころの斬魄刀に。」
『それじゃあ、橙晴の卍解は千本桜に似ていたりするのかもしれませんね。』


四番隊舎から感じる橙晴の微かな霊圧を感じながら、二人は筆を手に取る。
橙晴の机から引き揚げてきた書類の処理をしつつ、橙晴の霊圧が安定してきていることに内心安堵して、今日の所は定刻で仕事を切り上げるべく、流れるように筆を走らせるのだった。



2019.09.16
風邪引き橙晴。
白哉さんと青藍は橙晴の不調をすぐに見抜いて彼を四番隊に送り込みます。
すぐに睦月を呼ばなかったのは、睦月が四番隊の手伝いをする日だったからだと思われます。
この後、橙晴が風邪を引くと雪乃が看病を任されたりするのでしょう。


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