色彩
■ 嫁と舅

「・・・深冬?」
呉服屋で小物を眺めていると聞こえてきたのは、もはや耳に馴染んだ声。
振り向けば、呉服屋の暖簾を潜って入ってくる義父の姿。
驚いたような瞳が緩やかに柔らかくなったのを見て取って、深冬は笑みを見せる。


「白哉様。貴族の会合は終わったのですか?」
「まだ終わってはおらぬのだが・・・面倒になった故、抜け出してきた。」
淡々と、けれどどこか悪戯に言った義父に、深冬は苦笑した。
普段は似ていると思わないのだが、こういう姿を見ると、青藍と親子であることを再認識する。


「そなたは、非番だったか。」
「はい。父様との約束があるのですが、少し早く着いてしまったので、時間を潰していました。白哉様はこちらに何か用があるのですか?」
「いや、そういう訳ではないのだが。いつも邸に呼んでいる故、たまには店を覗いてみようかと思ったのだ。」


慌てて出てきたらしい店主を制して、白哉は深冬の横に並ぶ。
帯留めか、と呟いて、何やら吟味を始めたその横顔が、やっぱり青藍に似ていて、深冬は何だか可笑しくなる。
けれど、それが嬉しくもあって、深冬も一緒に帯留めを眺めた。


「色は此処に出ているものだけか?」
「いえ、まだ他にもございます。お出ししましょうか?」
「頼む。」
白哉が指さした帯留めは、先ほどから深冬が気になっていたもので。


「此方にございます。咲夜様の好みを考えますと、このあたりの色になりますでしょうか。」
店主が示したのは寒色の帯留めである。
白哉がその中から手に取ったのは、菫色の上品なもの。


「綺麗な色ですね。白哉様の瞳の色に似ています。」
そこまで言って、深冬は気付く。
だからこそ、彼はその色を選んだのだと。
咲夜様の着物姿には、いつも何かしら白哉様の色が入っているから。


「・・・これと、これと、あとこの二つを。」
菫色、青藍色、薄橙、そして琥珀色。
次々と選ばれた帯留めに、深冬は首を傾げる。
同じ帯留めを四つ・・・?


「青藍色は、そなたのものだ。これで、咲夜には秘密にしてくれ。」
ちらり、と視線を向けられて、深冬は苦笑した。
白哉様は、私が気付いたことに、気付いているのだ・・・。
それで、口止め料として、この帯留めを下さるつもりらしい。


「よろしいのですか?」
「構わぬ。揃いのものも悪くはあるまい?」
悪戯な瞳に、少しだけ恥ずかしくなる。
きっと、白哉様には、私がこの帯留めを買おうか迷っていたこともお見通しだったのだ。


「では、有難く頂戴いたします。」
「青藍には、大いに自慢しておけ。あれは恨めしい顔をするだろうが。」
「ふふ。きっと、そうですね。」
二人でくすくすと笑っていると、そろそろ父様との約束の時間である。


「そろそろ時間か?」
「はい。父様とは、琥珀庵で待ち合わせなのです。」
「また甘味か。あの爺には呆れたものだな。まぁ良い。送ろう。」
「ですが・・・。」


「構わぬ。そなたを一人で歩かせると、青藍が五月蠅いからな。・・・帯留めは、邸へ。」
「畏まりました。」
「では、行くか。」


先に店を出た義父は、足を止めて此方をちらりと見る。
その仕草が隣に来いという意味だということは、すでに心得ていた。
隣に並べば満足そうな瞳になって、ゆっくりと歩み始める。
此方に歩調を合わせるその姿がまた青藍と重なって、深冬は頬を緩ませた。


「どうしたのだ?」
どうやら此方が笑ったことに気付いたらしい。
「青藍と白哉様は似ているな、と。」
くすくすと笑えば、白哉様は首を傾げる。


「この短い時間の間に、似ているところがあったか?」
「はい。何というか、仕草や時折見せる表情が、よく似ています。・・・きっと青藍は昔から白哉様の真似をしていたのでしょうね。無意識でも、意識的にも。」
義父の後を着いて回る幼い青藍の姿を想像して深冬はくすりと笑った。


「そんなに似ているか?」
「似ています。帯留めを選ぶ時の表情も、歩調を合わせてくれるところも、首を傾げた時の角度さえ。青藍がどれほど白哉様を見て育ったのかがよく解ります。」
ついでに言えば、貴族の振る舞いをしている時の傲慢な物言いもそっくりなのだが。


「・・・そうか。顔も性格も咲夜に似ているはずだが、私にも似ていると言われるのはそのせいか。」
納得したような白哉様は呟いて、それからちらりとこちらを見る。
首を傾げれば、悪戯な瞳が向けられた。


「それもそうだな。そなたも安曇によく似ている。見た目はもちろん、甘味好きなところも、ふとした表情も。・・・首を傾げた時の角度が同じなのは、そなたらも同じだぞ。安曇は糞爺だと解っている分、可愛げがないが。」
「あの父様を糞爺というあたり、青藍にも白哉様の性格が受け継がれていますよ。」


「随分と言うようになったな、深冬。」
此方の言葉に気を悪くするでもなく、この義父は面白がっている様子だ。
「白哉様の仰る通り、私はあの父様の子どもですから。」
「そうか。そう思えるか。」


「そう思えるようになりました。・・・それに、あれだけの愛情を向けられれば、血の繋がりなどなくともそう思えるようになることでしょう。」
言いながら深冬は思う。
だからもう朽木家の皆も私の家族なのだ、と。


「そうか。」
そう頷いた白哉様の手がゆっくりと頭に乗せられて、そのまま撫でられる。
それと同時に向けられる、穏やかな眼差し。
この義父が向けてくれている愛情は、己が家族と認められている証だ。


「・・・私は浮気現場を見せられているのか?」
背後から聞こえてきた安曇の声に、深冬は飛び上がる。
反対に、白哉は不敵な瞳を安曇に向けた。
そして見せつけるように深冬の頭を撫でる。


「な、白哉!深冬は私の娘なのだぞ!この私の娘を浮気者に仕立て上げる気か!?」
深冬はぐい、と白哉から引きはがされて安曇の腕の中に収まった。
何やら文句を言い始めた己の父と、それに反論する義父。
似た者同士なのは、この二人も同じ。


父親たちのじゃれ合いを深冬は傍観することにする。
信頼し合っているからこその、遠慮のないじゃれ合いなのだ。
それに、と深冬は空を見上げる。
近づいてくる青藍の気配を感じて、仲裁は彼に任せることにしたのだった。



2019.07.22
白哉さんと深冬の日常。
月舞編より少し前のお話。
白哉さんと安曇の言い合いをじゃれ合いと思える深冬はこうして大物になっていくのでしょう。
青藍に影響されているとも言いますが。


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