色彩
■ 密談

「・・・京楽家は、どこまで協力できますか。」
場所は、上流貴族京楽家の一室。
どこで聞き及んだのか、珍しく邸に帰ってきていた京楽のもとにやって来た豪紀、千景、薫。
会合でもあったのか、三人とも貴族の衣装を身に纏っている。


そんな三人に目を丸くしたのが、四半刻ほど前のこと。
適当に浴衣を着ていたのだが、家令に着替えろと言われて渋々着替えて出てきてみれば、冒頭の豪紀の言葉である。
その言葉が何に関するどういう意味を持った言葉なのかということは、すぐに分かった。


「・・・唐突だねぇ。」
ぽろりと出た言葉に苦笑を漏らしたのは、豪紀の後ろに控える千景と薫だ。
おそらく、薫くんが僕の居場所を七緒ちゃんあたりから聞き出したのだろう。
それにしても、何の連絡もせずに、わざわざ京楽家へ赴くなんて。


「どうやら君は、護廷隊の中で貴族として振る舞うことが嫌みたいだね。」
豪紀に言えば、彼は小さく頭を下げた。
「お休みのところ申し訳ありません。ですが、護廷隊の中でするような話ではないかと思いまして。」


「いいさ。それで、さっきの話だけど・・・どこまで、というのは?」
「そのままの意味です。そうですね、極端に言うと、朽木青藍のために、家の命運をかけることが出来るか、ということですが。」
軽く言った言葉とは裏腹に、豪紀の瞳は鋭い。


朽木青藍の帰還。
青藍が遠征部隊に向かったのは二週間前。
そろそろ相模迅が率いる遠征部隊に合流したころだろう。
まだまだ序盤の出来事のはずなのに、もう僕のところにまで来るなんてね。


「加賀美家の当主は、手回しが早いね。」
「そうでしょうか。朽木青藍の件に関しては、何事も遅すぎるということはありません。もう、彼奴の戦いは始まっているのですから。」
きっぱりとした口調に、京楽は思わず頷きを返す。


「そうだね。まだ咲ちゃんからの連絡が入ってこないんだけど、青藍は向こうの最初の一手を躱せたかな・・・。」
「最初の一手を躱すことなど、彼奴にとっては造作もないでしょう。それに、阿万門家からの情報をみると、部隊長は彼奴を殺さないという選択を取るはずです。」


「随分と確信しているみたいだ。さては、何か掴んでいるね?」
見つめれば、強い瞳で見つめ返される。
「はい。」
返ってきた短い返事に、目の前の若き当主があの青藍と肩を並べている理由が分かった気がした。


「それなら、君の最初の問いに対する答えは、どこまででも、だよ。京楽家は朽木青藍の帰還に賭ける。京楽家のすべてを使って、青藍を取り戻す。」
「・・・もし、取り戻せなかったら?」
意外な問いに京楽は逡巡する。


「うーん・・・それならそれで、いいんじゃないかなぁ。」
我ながら適当な返事だ。
けれど、青藍が戻らなかった場合に想定できることは、ただ一つ。
・・・咲ちゃんはきっと、自分を責めて、世界を壊すだろう。


「ただ、僕らが青藍を取り戻す力を持たなかったということだよ。」
「それが世の理だったと仰るのですね。諦めともとれる言い方ですけれど。」
くすくすと笑いながら話に入ってきたのは、薫である。
京楽の直属の部下である彼は、京楽が話を割って入っても気を悪くしないことをよく知っている。


「あら、そう聞こえちゃった?」
「傍から見れば、そう聞こえましたが。」
「おい、薫・・・。お前な・・・。」
飄々とした薫を呆れ顔で見つめるのは、千景である。


「いいじゃない。だってお互い、これ以上の茶番は必要ないでしょう?」
薫の言葉に溜め息を吐いて、豪紀は口を開く。
「そうだな。どこまででも協力するという言葉だけで十分だ。これ以上は無粋だろう。」
力を抜いた豪紀は、護廷十三隊での彼とそう変わりない。


「豪紀様まで・・・。」
呆れたように言った千景に、京楽は笑う。
「まぁいいじゃないの。どうせ君たち、京楽家の協力を得るために、京楽家の傘下の貴族たちを丸め込んでいるんでしょ?僕が協力することを、君たちは知っているから。」


「流石に、京楽隊長の耳にも入っていましたか。」
「当たり前じゃない。薫くんと千景くんを使ってうちの傘下の貴族と接触していたのはわかっているよ。傍観していたのは、君の目的が分かっていたからさ。君は青藍と違って着実に手を打ってくれるから助かるよ。」


青藍だったら、傘下の貴族をまとめる技量がないなんて言いませんよね、なんて言って初めから僕のところに来ただろう。
あの傲岸不遜さは絶対に朽木隊長譲りだ。
そして、それを許してしまう妙な魅力は、咲ちゃん譲り。


「青藍は例外でしょう・・・。」
「そうだねぇ・・・青藍は、ね・・・。」
「青藍だからな・・・。」
苦笑を漏らした三人に、京楽もまた苦笑する。


「ま、何にせよ、協力は惜しまないよ。それで・・・今日は何をお願いしに来たのかな?」
「青年会の創設を、と思いまして。」
「青年会?」
即答された言葉に首を傾げれば、薫と千景が書類を広げ始めた。


「・・・青年貴族へのアンケート?」
「えぇ。これを見てください。死神になっている青年貴族は基本的に多忙ですが、各家の事情によりやむなく家に留まっているような青年貴族が意外と多い。彼らは才能と時間を持て余しています。もったいないと思いませんか?」


「なるほどね。僕の弟である一色みたいな青年貴族が意外とたくさん居るわけだ。」
「そんなところです。しかも、家の中にいるのは窮屈だと答えた者も多数おりまして。ですので、彼らの避難場所を作ろうかと。まぁ、僕らも最近は見合いだ何だと家に帰ると窮屈でして・・・。」


「適齢期ってやつだね。僕はまぁ、諦められていたけれど。」
豪紀くんはともかく、薫くんも千景くんも結婚して早いということはない。
あの青藍でさえ一生の伴侶を選んでいるのだから、皆、そういう世代なのだ。
それに、護廷十三隊で席次を頂くうえに、容姿も悪くないのだから、引く手あまただろう。


「避難場所、ね。それで、その青年会とやらの真の目的は?」
「当主に限らず貴族社会は老獪で狡賢いくせに凝り固まった思想を持っている者も多い。そういうものを排除して、柔軟で、流動的な新しい風を作り出す。尚且つ、次世代の能力を高め、その才能を守り、経験を積むことが出来るようにすること。」


「手始めに、青藍の帰還のために暗躍してもらいます。表向きは青年貴族の道楽という形ですが、その実は貴族社会の均衡を図り、持続性をもたらす貴族社会の核。青藍の左遷には賛否両論ありますが、若い年代ほど現在の状況に反発を覚える者が多いのです。」
なるほど、と京楽は彼らが広げた書類を確認していく。


「・・・なるほどねぇ。君たちが僕のところに来た理由が分かったよ。慶一殿あたりにお願いすれば、すぐに手を貸してくれるだろうけれど、面白がって介入してくる可能性があるものねぇ。」
「あの義父は、そういう人ですからね・・・。」


「豪紀君も苦労するよねぇ。ま、分かったよ。すぐに青年会の設立と、青年会の隠れ家を用意しよう。」
「経費は朽木家持ちで良いとのことです。」
「あら、そうなの?それじゃあ好き勝手出来るね。流石橙晴。太っ腹だなぁ。」


「説得したのは、豪紀様ですが。」
「実際に説得したのは紫庵だ。」
「あはは。紫庵はそういう使われ方をする訳ね。まぁ、それが一番いい使い道かな。」
「京楽隊長でさえそう思うのですね・・・。」


「あの子はそれがいいのさ。」
そのくらいが、ね。
心の中で付け加えた言葉に、内心苦笑する。
決して戦力に数えられないわけではないけれど、紫庵の役目はそこにはない。


「ま、でも、紫庵に何かあったらよろしくね。敢えて僕から条件を出すとしたら、そのくらいかな。」
「そのつもりです。義理とはいえ、兄弟ですから。」
何度目かの苦笑を漏らした豪紀くんの表情は穏やかだ。


「これから大事を成そうというのに、君は余裕だねぇ。」
「今回の件は、勝つか引き分けかのどちらかですので。」
勝てば無事に青藍が戻ってくる。
青藍が戻らなければ、咲ちゃんが世界を滅ぼして引き分け。


「豪紀君たら、怖いねぇ。その若さで僕と同じ答えに辿り着いているなんて。まだ世に出ていない君や青藍みたいな青年貴族が居るかもしれないと思うとぞっとするね。僕の手には負えなさそうだから、僕は枠組みと場所を作るだけにするよ。その後は、好きに使うといい。」


あーあ、若者の成長って、どうしてこうも早いんだろうねぇ。
挨拶を述べて部屋を出て行った豪紀たちを見送って、京楽はごろりと寝転がる。
すかさずやって来た家令に着物が皺になると叱られつつも、京楽は幾つかの要件を伝える。


「家臣らはすでに場所の詮議に入っております。ひと月もあれば、青年会が発足することにございましょう。当然、監視の目が付かぬよう、細心の注意を払わせております。」
すぐに返ってきた家令の密やかな言葉に目を丸くしていれば、家令が邸の中での出来事を把握するのは当然です、と悪びれもなく言われて京楽は苦笑するのだった。



2019.05.30
青藍が遠征に出かけてすぐのお話。
表立って動き辛い朽木家の面々に代わって、豪紀が水面下で動きます。
久しぶりに薫と千景を出すことが出来ました・・・。


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