色彩
■ 一日千秋

朽木青藍が、彼の地で死亡した。
そんな一報が伝わってきて、冬獅郎は奥歯を噛みしめる。
「・・・はぁ・・・。」
隊主室で一人、深い溜め息をついて、思わず天井を見上げた。


「随分と深い溜め息ですね、冬獅郎さん。」
背後から聞こえてきた静かな声に、冬獅郎は息を詰まらせる。
「・・・橙晴か。」
ゆるりと振り向けば、橙晴は窓を飛び越えて隊主室へと入ってきた。


その表情はどこか硬質で。
けれど、何かの覚悟を決めたような、そんな瞳で。
・・・遣る瀬無ぇな。
青藍が居なくなったとなれば、橙晴の今後の人生は決まったも同然だった。


朽木白哉と朽木咲夜の息子。
彼らの間に生まれたことは、此奴自身が選んだ訳ではない。
それはもちろん、青藍と茶羅だって同じだ。
ただの偶然で片づけるには事情が複雑だが、それでも、生まれに縛られるというのは、息苦しいことだろう。


「・・・その様子だと、冬獅郎さんの耳にも入っているようですね。兄様が死んだ、と。」
淡々とした口調。
それでも、生まれた時から彼を見ている冬獅郎には、橙晴が押し寄せる感情を押し殺していることが解った。


「あぁ。」
短い返事が掠れて、そんな自分に内心苦笑する。
俺も大概、彼奴に甘い。
彼奴の死を聞いて、声が掠れるほどには。


「そうですか。それは話が早い。・・・ねぇ、冬獅郎さん。」
「なんだ?」
「僕はこれから、些か信じ難い話をします。そして、冬獅郎さんに・・・いえ、十番隊隊長日番谷冬獅郎に、朽木家次期当主という立場で、ある命令を下します。」


あの朽木白哉に似た、尊大な物言い。
静かに正面へとやって来た橙晴の瞳にはやはり覚悟が映っていて。
その表情が、青藍と重なって。
呑まれそうだ、などと、らしくもないことを考えた。


「・・・冬獅郎さんは、僕を、信じてくれますか。」
正面からの真っ直ぐな問い。
その問いの答えがすぐに浮かんで、内心苦笑する。
こうも自分が容易く信頼を寄せてしまうとは、昔なら考えられなかったことだ、と。


「お前のことが信じられずに、俺がここまで動くかよ。」
素直じゃないな、なんて自分で思うあたり、己の成長を感じる。
こんなことも、昔の自分なら考えられなかった。
何より、自分のことで手一杯で、周りから手が差し伸べられていたことにも気づく余裕がなかった。


「そうですね・・・。冬獅郎さんは、そういう人です。では、僕は遠慮なく冬獅郎さんにお願いという名の命令をします。」
ひたと見つめられて、そして気付く。
橙晴の瞳には、絶望がないことに。


「・・・今年中に、青藍兄様を帰還させます。」
凛と言い放たれた言葉に、目を丸くする。
「帰還させる?」
唖然としながら呟けば、橙晴は愉快そうに目を細めた。


「はい。青藍兄様を、今年中に帰還させます。もちろん、「生きたまま」です。」
まるで青藍が生きているような物言いに、冬獅郎は逡巡する。
「・・・まさか、青藍の死亡は、四十六室の嘘なのか?」
「今現在は、ですが。兄様が死ねば、それが真実になりますから。」


青藍が、生きている・・・。
橙晴がそう言うのならば、きっとそれは事実なのだろう。
だが、四十六室が青藍の死亡を伝えている以上、それは、青藍への危険が迫っているということ。
それなら、答えは一つだった。


「・・・お前の命令とやらを聞いてやる。すぐに説明しろ。」
橙晴からの説明を聞きながら、冬獅郎は何が必要かを考える。
彼の要望に応えるには、何をすべきかを。
己に、何が出来るかを。


「・・・というわけで、青藍兄様から当主命令が下されました。ですので、今年中に兄様を迎えに行きます。その際、キリトさんと京さんをお借りしたいのですが。」
「好きに使え。彼奴らはまぁ、丈夫だから平気だろ。」
投げやりに言えば橙晴はくすりと笑う。


「では、時が来たら遠慮なくお借りします。お二人のほかに、蓮と侑李さん、それから紫庵に行ってもらいます。」
「お前は行かねぇのか?」
「行きませんよ。だって、青藍兄様は帰ってきますから。それに、雪乃のこともありますし。」


「そうか。青藍の奴、帰ってきたら悔しがるだろうな。」
「その十倍は可愛がると思うので、問題ありません。」
言い切った橙晴に、冬獅郎は苦笑を漏らす。
橙晴の子どもを可愛がる青藍の姿が容易に想像できた。


「ま、そうだな。・・・話は分かった。何かあれば遠慮なく言え。出来る限りのことはしてやる。そうだろう、篠原。御剣。いい加減入って来いよ。松本もな。」
扉に向かって声を掛ければ、待っていたとばかりに扉が開かれる。
最初に入って来た松本があっという間に橙晴に抱き着いて、ため息を吐いた。


「・・・く、苦しいです、乱菊さん・・・。」
「あんたって子は、本当に莫迦!そういう話は誰よりも先にあたしに言いなさいよ!キリトも京もいくらだってこっそり貸してやるわよ!」
「・・・堂々と何言ってんだよ、松本・・・。」


「まぁまぁ、副隊長。とりあえず橙晴を離してやってもらえませんか。」
「そうですよ。副隊長のそれは、凶器なんですから。いい加減橙晴が死にます。」
「あら、そう?」
惚けたように言って解放した乱菊を、橙晴はじろりと睨みつける。
「僕を殺す気ですか。死ぬかと思った・・・。」


目の前で繰り広げられるいつも通りの光景。
けれど、やはり何か足りないのは、青藍が居ないからだろう。
いつもならば此処で青藍が姿を見せて、困ったように、けれど、どこか楽しそうに、大変ですねぇ、とでも言うのだ。


・・・待ってろよ、青藍。
内心で呟いて、冬獅郎は橙晴たちを眺める。
これからまた忙しくなりそうだ、なんて頬杖をついて、すでに冷めている茶を啜る。
久しく青藍が淹れた茶を飲んでねぇな、なんて思った自分に、何度目かの苦笑を漏らすのだった。



2019.4.21
再会編冒頭のころのお話。
冬獅郎さんは、青藍より橙晴のほうが信頼度が高そうです。
でもやっぱり青藍の帰還が待ち遠しいのでしょう。


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