色彩
■ 一筋の涙

『・・・烈先生。』
四番隊の救護詰所にふらりとやってきた青藍に、卯ノ花は微笑む。
「よく来ましたね、青藍。」
言いながら椅子を勧めれば、青藍は大人しくそこに腰を下ろす。


「忙しすぎて私との約束など忘れているのかと思いました。」
今日で青藍が遠征から帰還して一週間。
帰還した日に卯ノ花が健康診断に来いと言ったその期限の日である。
正直、何の音沙汰もない青藍に、こちらから行かねば時間が取れないだろうと思っていたのだけれど。


『烈先生との約束を忘れるわけがありません。』
少しだけ拗ねた様子の青藍に、卯ノ花は苦笑する。
「そうですね。青藍は私との約束を必ず守ってくれますから。・・・では、診察を始めましょうか。」


まずは青藍の頬に両手を添えて、するりと滑らせる。
くすぐったそうにした青藍に笑って、その手を首元へ。
傷一つない青藍の皮膚の下で脈打つ血管を感じながら、そのまま数秒。
これで、青藍の診察は終了である。


その間の、青藍の表情、指先に感じる筋肉の微かな動き、脈拍。
たったそれだけで、卯ノ花には青藍の様子が手に取るように解る。
笑みを見せ、触れられることに緊張もない。
帰還した日は疲労と緊張感、怒りや悲しみが感じられたが、それらは和らいでいる。


「・・・体重も、少しではありますが、増えたようですね。」
『烈先生は、何でもお見通しですね。どうして判るんですか?』
不思議そうにした青藍に、卯ノ花は微笑む。
昔から何度も同じ問いをされるのだが、卯ノ花自身、その理由はよく解っていない。


「青藍が生まれる前からの付き合いですから。」
返す言葉はいつも同じ。
『烈先生だけが何でも解っていて狡いです。』
返ってくる言葉も、いつもと同じ。


「そうでしょうか。私にも、解らないことは沢山ありますよ。」
『本当ですか?』
「えぇ。そうですね、例えば・・・青藍は何故、深冬さんが響鬼の姿になっていると解ったのですか?」


あの時。
あの場にいた者たちは、響鬼の力によって一瞬で深冬の姿にされた。
それを青藍は一瞬で見抜いたのだ。
どれが深冬であるのかを。


『・・・そんなの、簡単です。深冬は、他の誰とも違う。彼女が眩いのは、あの姿だからではありません。彼女のあの強さが、僕には眩くて。だから、僕が彼女を間違えるはずがないんです。それが愛だというのならば、そうなのでしょう。僕は、心から、彼女を愛しています。それは、距離が離れても、時間が経っても変わらなかった。』


愛しげに細められた瞳に、卯ノ花は安堵する。
青藍は、変わらなかったのだと。
どれ程傷付いたか、想像することも出来ないけれど。
それでも青藍は、心を捨てずに帰ってきた。


『でもきっと、それは、深冬だけじゃない気がします。』
「どういうことです?」
『あの時、探せと言われたのが、誰であっても、僕は、見つけられたと思います。僕を愛し、傍に居てくれることを選んでくれた人であれば、誰でも。だから僕は、父上のことも見つけられました。』


どこか困ったように微笑む青藍に、卯ノ花は内心驚く。
そう言った青藍の瞳には、確信があった。
あの時、彼女を迷いなく見つけた青藍の瞳と、同じ・・・。
その瞳が、自分にも向けられている。


例えば、それが私であっても見つけられたのだろうか。
それはきっと、愚問だろう。
私は、すでに選んでいるのだから。
彼を愛しみ、傍に居ることを。
そして、彼は私を、家族を愛するのと同じように、愛してくれているから。


「・・・つまり、私と青藍も相思相愛、というわけですね。」
悪戯に言えば、青藍はくすくすと笑う。
『ふふ。そうですね。ある意味では、僕は烈先生のことも、愛していますから。』
臆面もなく言い放った青藍に、卯ノ花は思わず苦笑を漏らす。


「深冬さんは、青藍のような夫をもって、苦労しますねぇ。」
『確かに深冬には苦労をかけていますけど、でも、苦労しているのは僕も同じです。彼女が笑うと、僕は気が気ではありません。僕が居ない間に、深冬に近づいた輩は居ませんでしたか?』


・・・それはもう、腐るほど居ましたが。
それを言うと青藍が彼らに制裁を加えることが明らかだから、曖昧に笑うだけに留めるけれど。
それでも、それだけで青藍は私が何を思っているのか解ってしまうのだろう。


『・・・やっぱり、沢山いたんですね。』
予想通り青藍は私の心の声を聞き取ったらしい。
じとりと見つめられて、やはり苦笑した。
深冬が絡むと、遠征に行く前の青藍と何一つ変わっていない。


「それでも彼女は、青藍だけを待っていました。数ある多くの中から選んだのは、お互い同じです。お互いに選んだのですから、他人が容易く仲を裂けるものではありません。・・・安心なさい。深冬さんは、青藍だけを選んでいます。」
見ている者が、胸を打たれるほど、一途に。


『・・・そんなの、当然です。そうなるように、僕が仕向けたのだから。』
少しだけ拗ねつつもそう言った青藍は、本当に昔と変わらない。
それが、卯ノ花には、酷く、嬉しくて。
青藍が戻ってきたのだと、心の底から実感する。


「本当に、良かったですね、青藍。」
まさか、青藍が、これ程深く他人を愛せるようになるとは。
あれ程重い運命を背負わされながら、こんなにも、愛情深い大人になるとは。
・・・そんな彼があの咲夜さんの息子だというのだから、人生とは解らないものだ。


傷付き、心を閉ざしていた咲夜さんは、私だけでは救いきれなかった。
浮竹隊長や京楽隊長、そして、朽木隊長。
宗野隊長や、朽木副隊長。
それから、青藍、橙晴、茶羅。


「・・・奇跡、というものは、人の心が作るのでしょうね。」
『そうですね。今回、僕は身をもってそれを実感しました。・・・ねぇ、烈先生?』
「何ですか?」
首を傾げれば、青藍は柔らかに笑う。


『心から、感謝します。きっと、誰かが欠けていたら、この奇跡は起こらなかった。烈先生の教えがなければ、僕は生き残れなかった。ありがとうございます、烈先生。やっぱり僕は、烈先生のことが大好きです。』
その美しい笑みに、心が震える。


つ、と込み上げた涙が頬を伝って。
それは、たった一筋の涙だったけれど。
困ったような顔をしながら涙をそっと拭ってくれる青藍が、いつもの青藍で。
頬に触れた温もりを感じられる自分が、少しだけ誇らしかった。



2019.02.17
帰還後のお話でした。
きっと青藍はこうして皆に感謝を伝えて皆を泣かせて回っているのです。
それすらも青藍らしくて、大人たちは涙を流しながらも笑顔になってしまうのだと思います。


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