色彩
■ 弟と兄

「・・・なぁ、橙晴ってさ、青藍に嫉妬とかしねぇの?」
それは、橙晴が九番隊に書類を届けにやって来た時のこと。
唐突にそんな問いをしてきたのは、侑李である。
その問いに苦笑を漏らした橙晴に続いて、修兵もまた苦笑を漏らす。


「それは、青藍兄様に成り代わりたいとか僕が思っているのかということですよね?」
「あぁ。だって、お前だって朽木家当主になるべく育てられてんだろ?そんで、実際当主の力量があるし、死神としての力だってその辺の席官には負けないだろ?」
そんな侑李の言葉に答えたのは、修兵である。


「確かにお前の言う通りだがな、橙晴はそんなこと思っちゃいねぇよ。な、橙晴?」
「まぁそうですね。青藍兄様の弟として見られるのは大変ですけど、だからと言って青藍兄様を恨む理由がありませんよ。」
はっきりと答えた橙晴に、侑李は首を傾げた。


「そうか?青藍ばっかり皆に構われたり、心配されてたり、力があったりして羨ましいとか思わねぇの?」
「思いませんね。」
「即答かよ。お前らしいな、橙晴。」


修兵の言葉に侑李はさらに首を傾げる。
その姿に、橙晴は再び苦笑を漏らした。
・・・兄様の事情を知ってしまえば、羨ましいなどとは思えない。
全てを持っているのに、何も望めない兄様を知ってしまえば。


「・・・侑李さんは、青藍兄様が羨ましいですか?生まれ変わったら、兄様になりたい?」
「普通の奴は皆青藍を羨むんじゃねぇの?ま、俺は青藍になりたいとは思わねぇけど。」
あんな無茶な人生送りたくないぜ、なんて呟いた侑李に橙晴は笑う。


「でしょう?それと同じことです。確かに何も知らなかった頃は羨ましいと思っていたこともあります。だって、どう考えたって、両親も、隊長たちも、青藍兄様が最優先だったから。もちろん、今もそうですけど。修兵さんも含めて。」
「そうかもな。橙晴のことは安心して見ていられるが、青藍を見ているとこっちの寿命が縮む。」


「そうなんですよねぇ。それで兄様に巻き込まれたりすると、もう色々と諦めがつきます。兄様の立場じゃなくて良かったとすら思います。愛し子とか、朽木家当主とか、もうたくさんです・・・。縁を切りたくなることすらあります・・・。」
遠い目をした橙晴の肩を、修兵は慰めるように叩いた。


「お前の苦労は皆知ってる。俺も含めてな。」
「それですよ、それ。皆知ってるんです。僕が兄様をどう思っているかなんて、皆お見通しなんですよ。兄様の弟という苦労も、僕が、青藍兄様を尊敬していることも、そのための努力も、何もかも。当の兄様すら知っているんです。」


そして、誰よりもそれを解ってくれているのが、青藍兄様だから。
いつだって、近くで僕を見守ってくれた兄様だから。
・・・まったく、敵わない。
だからと言ってずっと兄様を追いかけているつもりは毛頭ないけれど。


「青藍がよく言ってるだろ?橙晴は自分の誇りだ、って。」
「確かにそれはよく聞きますけど・・・そういうもんなんすか?」
「そうだろ。青藍が無茶できる一番の理由は、橙晴が居るからだ。自分が居なくなっても橙晴が引き継いでくれる。そう思えるからこそ、青藍は無茶が出来るんだぜ。」


「兄様はそれだけ僕の力を認めてくれている。そして、僕を誇りに思ってくれている。それだけ信頼されていて、恨むはずがない。それに・・・兄様が逃げない一番の理由は、僕ですから。」
兄様は、僕のために、僕に自分と同じ苦しみを与えないために、己の運命を受け入れている。


「・・・なるほどな。彼奴が逃げたら、その全てを引き継ぐのは橙晴だ。青藍は、お前にその重荷を背負わせたくないのか。」
「はい。兄様は何も言いませんけど、きっと、それが一番の理由です。兄様にとっては、この場所に留まるという選択が、一番苦しい道なのに。」


兄様の運命を変えることが出来ない無力な自分に腹が立つ。
いつだって、兄様は僕を守ってくれているけれど、守られているばかりの自分の弱さが情けない。
何度も、何度も、そう思う。


「・・・ったく、本当にそっくりだよな、お前ら兄弟は。」
呆れたように言いながら、修兵は乱雑に橙晴の頭を撫でる。
「お前らの選択は、確かに苦しいことばかりかもしれない。だが、それだけか?違うだろ?」


苦しくて、苦しくて、苦しくて。
何度も何度も傷ついて。
挫けそうになって。
でも、それでも、この道を選んだのは。


「お前らが一緒に居るのを見るとな、俺は嬉しい。侑李もそうだろ?」
「確かに。二人揃うと、一対になっている感じで、それが自然で。それを見ると安心するというか・・・。」
「その感じはよく解るな。青藍と橙晴が一緒に戦っているのを見ると特にそう思う。」


「つまり、一番苦しい道だけど、一番幸せな道でもあるってことっすよね?」
「そういうことだ。・・・解ったか、橙晴?」
「・・・そんなの、僕が一番よく解っています。兄様が傍に居るといつだって大変だけど、でも、居ないなら居ないで落ち着きません。」


だから兄様は、性質が悪い。
そうして皆を離れ難くさせる。
よく言えば人望がある。
悪く言えば人たらし。


「まったく、我が兄ながら困った人です。騙されているとまでは言いませんが、誑し込まれている気がしてきます。」
「はは。俺は騙されている気しかしない。」
「俺もです。青藍は詐欺師が天職っすよね。」


「本当にその通りです。まぁ、お陰で朽木家は安泰ですが。」
悪戯に笑えば、彼らは笑い声を上げる。
「朽木家は安泰でも、俺たちは山あり谷ありって感じだけどな。」
「それはそれで良いじゃないですか。人生退屈しませんよ。」


これまでも、これからも、僕らの人生は山あり谷あり。
でも、それを越えた先にある幸せを知っているから。
その景色を、一緒に目指してくれる人が居るから。
己の身が掟や定めに絡め取られていても、僕に自由をくれる人が居るから。


そんな兄様を恨める訳がない。
だって、兄様は、僕の大切な兄様で、兄様の弟であることを誇りに思うから。
肩を並べて、同じ景色を見たいから。
・・・まぁ、つまり、本人には絶対に言わないけれど。


僕って、本当に兄様のことが好きなんだなぁ・・・。
しみじみとそう思って、橙晴は内心苦笑する。
これでは父上たちと同じだ、なんて。
けれど、そう思えることが何故か幸せなことのような気がして、橙晴はやっぱり苦笑するのだった。



2019.01.27
きっとこれが橙晴の本音です。
青藍も同じように橙晴が好きなんだろうなぁ・・・。
詰まるところ、仲良し兄弟。


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