色彩
■ 故旧新知

「・・・大変有難いお話ではありますが、お断りさせていただきます。」
そう言って頭を下げたのは、新城歴。
相模迅に協力して共に遠征隊に左遷された彼は、元六番隊士。
白哉は、彼の六番隊復帰とともに、席官にならないかと話を持ち掛けていたのだった。


「何故断る。」
問いながら、白哉は内心で呟く。
断られる気はしていた。
恐らく、断る理由も、予想している通りだろう。


「俺は、貴方の大切な人たちを、傷付けました。貴方のお爺様や父君から受けた恩を仇で返したのです。席官になる資格など、ありません。」
悔しげに呟かれた言葉は、やはり予想通りで。
説得したところで無駄であることを解っていながら、白哉は口を開く。


「祖父や父に恩を抱いているのならば、尚更席官になるべきだと思うが。」
「そうかもしれません。ですが・・・それでも、席官にはなれません。それだけが、理由ではないのです。俺は、貴方に対しても、裏切りを犯しています。その後ろめたさを感じながら、席官でいることなど、出来ません。」


「私に対する裏切り?」
問えば、歴は小さく息を吸い込んで、意を決したようにこちらを見る。
「・・・俺は、漣副隊長を狙った刺客でした。そして、ラン・・・朽木三席の命を狙いました。本来であれば、六番隊に居ることすら、間違いなのです。」


「あれらがお前を許していてもか。」
「はい。」
即答されて、ため息を吐く。
忠誠心とは厄介だ、と。


「爺様の言葉がなければ、六番隊に戻る気もなかったのだろう。」
「はい。俺は罪人ですから。漣副隊長を狙えと言われて、貴方を人質にしようとしたことすらあります。」
苦しげに顔を歪める歴を白哉は静かに眺める。


「・・・一体、どんな弱みを握られていた。それほどの忠誠心がありながら、何故、お前はあちら側に居た。」
「・・・妹を、人質に取られていました。従わなければ、妹を殺すと。俺は当時、朽木副隊長の直属の部下でしたから、漣副隊長を狙いやすいと考えたのでしょう。あの方の傍に居る漣副隊長は、感情を見せて、ほんの少しだけ、気が緩みましたから。」


「・・・それを見たお前が、穏やかに微笑むのを、見たことがある。」
それは、百余年前の記憶。
この男は、いつも父の三歩後ろに控えていた。
祖父も父も、この男に信を置いていた。


「咲夜の姿が、妹と重なって、手を出せなかったか。」
呟くように言えば、息を呑む気配がした。
「我が父の姿が、お前自身と重なったか。」
唇を噛みしめて俯いた歴の瞳から、涙が零れ落ちる。


「・・・お二人の姿を見たら、何も出来ませんでした。俺が奪っていいものなど、何一つなかった。何度も何度も刃に手をかけました。けれど、一度も抜けなかった。そうしているうちに、妹は、殺されてしまった。あの、四十六室に。それで俺は、迅に協力したんです。あれは、ただの復讐です。だから俺には、席官になる資格がありません。」


「それが、私たちの望みであってもか。我らが、お前を許すと言っても、そう思うのか。」
「・・・俺自身が、自分を許せませんから。」
そこまで言われては、退くしかない。


「そうか。では、待つ。」
「え・・・?」
「お前の気が向くまで待ってやる。その代わり、此処に居ろ。」
お前はここに居るべきだ、と白哉は真っ直ぐに見つめる。


「しかし、俺は・・・。」
「それが我が父、蒼純の願いだ。それは譲らぬ。」
「副隊長は、何故、それほどまでに・・・。」
「さぁな。あの父のことだ。何か他人には見えぬものが見えていたのだろう。」


「・・・俺は、本当に、恩を受けてばかりだ・・・。」
「そうでもない。祖父も、父も、そして私も。お前には感謝しているのだ。」
「どういう、意味です・・・?」
「お前の忠誠心は、「朽木家」に対するものではないからな。」


お前には、分かるまい。
朽木家にではなく、朽木銀嶺に、朽木蒼純に、朽木白哉に。
その、個人に対する忠誠心が、どれほど貴重なものであるのか。
それにどれほど救われるか。


「だからお前は、此処に居ろ。話は以上だ。・・・恋次。聞こえていたな。この者はお前の直属とする。副官室にでも机と椅子を用意しておけ。それから、他隊に行かれては困る故、六番隊の隊士であることが分かるよう、新しい死覇装も作らせろ。」
外に控えていた恋次が頷いて、気配が遠ざかる。


「・・・ふ、はは・・・。」
小さく笑う声が聞こえてきて、白哉はそちらを見つめた。
「何を笑っている。」
「いえ・・・その、何だか、可笑しくて。父君とよく似たその顔で、お爺様と同じようなことをなさるものですから・・・。」


「仕方あるまい。あれらの背中を追いかけていたのは、お前だけではないのだから。」
ついでに言えば、私は、この新城暦の背中も追いかけていた。
祖父と父とこの男が共に居る姿には、何の違和感もなかったから。
自分も同じ場所に行きたいと、願っていたから。


「そう、ですね。本当に、ご立派になられました。あの少年が、これ程立派になるほど、俺は・・・。」
「長かったな、歴。」
「はい・・・。本当に、長い戦いでした・・・。」


「あの青藍とともに戦ってくれたこと、礼を言う。」
「勿体ないお言葉です。俺の方こそ、お礼を申し上げます。ランには、何度も助けられました。お礼を言うと、返ってくる言葉はいつも同じでした。・・・父上に比べればまだまだです、と。昔の貴方も同じことをおっしゃいました。」


「そうだったか?」
「えぇ。それで俺は、やっぱり、刀を抜くことが出来なかった。隊長が居て、副隊長が居て、漣副隊長が居て、貴方が居たあの日々を思い出してしまったから。」
苦笑を漏らした歴は、穏やかな瞳をしていて。


「思い出すだけでは足りなかろう。存分にあの日々と同じだけの幸福をくれてやる。故に、お前はここに居らねばならぬ。これは命令だ。良いな?」
「はい。承りました、「朽木隊長」。」
深々と頭を下げた歴を見た白哉は、漸く己が隊長として認められたか、と内心苦笑するのだった。



2018.12.16
歴は蒼純さんの右腕のような存在でした。
なので、当然白哉さんとは顔見知りで、咲夜さんとも交流がありました。
だからこそ、自分が許せなくて、席官になることを拒んだのでした。
けれどきっと、彼が席官になるのは時間の問題だと思われます。


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