色彩
■ 不可思議

『深冬。』
貴族の宴の最中、珍しく女性陣の方へ自らやって来た青藍に、深冬は内心首を傾げる。
「青藍様。もうお帰りになりますか?」
その問いに首を横に振った青藍は、そのまま深冬の隣に座り込む。
少し離れたところから、きゃあ、という黄色い悲鳴が上がった。


「どうかしたのですか?」
『少し息抜きを。あそこに居ると酒を飲まされ続けるから。』
青藍の視線を辿れば、そこには京楽や浮竹、周防家当主周防慶一、漣弥彦の姿がある。
その他、彼らに挑戦を挑む酒豪ばかりが集まっていた。


「酔われましたか?」
『んー、まぁね。遠征から帰ってきたら、何だか弱くなった気がするよ。』
困ったように微笑んだ青藍は、貴族の宴だというのに素のそれに近い。
ちらり、と少しだけ周りを見れば、皆が興味津々といった様子でこちらを見ていた。


「睦月には?」
暗に睦月特性の酒や毒を無効化する薬は飲んだのかと問えば、青藍は頷く。
『それは大丈夫。私はそんなに命知らずではないよ。』
「それならいいのですが・・・。」


・・・いや、命知らず云々については、青藍に関して否定は出来ないな。
帰還してからこちら、青藍は連日のように四十六室へと足を運んでいる。
経費は朽木家が工面する故、遠征部隊の再編成を。
そんな青藍の提案は、未だ一部の者にしか受け入れられていない。


「随分お疲れのようですね。」
『そうかな・・・ごめんね、深冬。君との時間がなかなか取れなくて。』
言いながら青藍は少しだけ体を寄せる。
触れるか触れないかくらいの距離がもどかしくなって、深冬は自分も体を傾ける。


「あの三年を思えば、こうして近くに居られるだけ幸せです。気配すら分からないほど遠くにいらっしゃるよりは、今のほうがいい。」
少しだけ声が震えたのは青藍が帰ったあの日を思い出したから。
青藍の温もりがそこにあることに、酷く安心したから。


『・・・君にそんなことを言わせるなんて、男として不甲斐ないなぁ。君はもう少し欲張りになってもいいと思うよ。』
青藍は苦笑しつつ深冬の肩を抱き寄せる。
さらに近づいた二人に、またもや悲鳴が上がる。


「それは青藍様のほうです。貴方が何かを欲しがれば、皆が力を尽くすのですよ。」
『私が欲しいと思っていたものは、もうこの腕の中にあるからね。私の願った幸せは、今ここにある。それ以上を望めばそれは強欲になってしまう。・・・君が居ればいい。君が私の妻になって、私を想ってくれるだけで、どれほど私が幸せか。』


「本当に欲がないのですね、青藍様は。」
『そうかな。君の方こそ、何か願いはないのかい?』
願い、なんて。
そんなの、一つしかない。


「青藍様の傍に居ること。それが、私の願いです。一人でどこかに行くなど、二度と許しません。」
きっぱりと言い切って青藍を見上げれば、彼もこちらを見つめていて。
驚いたような瞳が、次第に甘く緩む。


『・・・私も、一つだけ、願いがあった。』
「何ですか?」
『深冬が、これから先も私の隣で幸せに笑ってくれていること。それが、私の願いだ。叶えてくれるかい、深冬?』


暫く見つめ合って、くすりと笑う。
同じ想いであることが嬉しくて、それだけのことしか望めない青藍が、やっぱり切なくて。
青藍の瞳が少しだけ揺れた気がしたから、手を伸ばしてその頭を抱き寄せる。


「すぐにでも叶えてやる。・・・私は、幸せだぞ、青藍。」
その耳元で囁けば、彼が頷いたのが分かる。
「青藍の願いは、私の願いだ。これまでも、これからも。」
『うん。僕も、そうあることを望んでいるよ。』


「ふふ。声が眠そうだな。少し、眠るか?」
『そう、だね。君が傍に居ることに安心したら、何だか眠くなってきた。』
「そうか。なら、眠れ、青藍。私はここに居る。」
『うん・・・。ずっと、そこに居てね・・・。』


すとん、と眠りに落ちた青藍の体が重くなって、深冬にのしかかる。
・・・青藍は、こうして人前でも眠れるようになった。
そうなるように迫られた理由を考えるとやっぱり切なくなる。
けれど、こうして自分の腕の中で眠ってくれることが、愛しくて。


「あら。青藍、そんなとこで寝ちゃったの?羨ましい。」
「いい加減、限界だったんだろう。」
「これはこれは。良いものを見ました。飲ませた甲斐がありましたね、弥彦叔父。」
「こうでもしないと、青藍君は馬車馬のように働くからね。」


「お心遣い、感謝いたします。」
苦笑を漏らした大人たちに、深冬は頭を下げる。
私たちはこうして、いつも助けられている。
それは、私たちがまだ未熟だから。
青藍はそれが解っているから、無茶をしてでも彼らを力一杯追いかけるのだ。


「構わんさ。それより、重いだろう。邸まで送ろう。」
「それじゃあ、僕たちは青藍の仕事を先回りしてやってしまおうか。」
「そうしましょう。・・・弥彦叔父。貴方はさっさと遠征部隊に飛ばされている隊士たちの素性を青藍君に報告してくださいね。」


「三日後には報告するつもりだったよ。青藍君の方がそろそろ限界だったから、報告を遅らせて休んでもらおうと思っていたんだ。」
「弥彦殿にしては読みが甘いねぇ。青藍はその報告を三日前から待っていた。ほとんど眠らずにね。」


「それは・・・読み違えたな。青藍君の仕事の速さは、咲夜殿並みなのかな?」
「白哉と橙晴が手を貸しているからなぁ。当然と言えば当然だが。」
「あの二人をこき使えるあたり、青藍ってやっぱり大物だよねぇ。」
口々に言って、彼らは動き出す。


不思議な光景だ・・・。
青藍は、これ程の大物たちを意図せず動かしてしまう。
本人はいつも先回りされていると、自分はまだまだだと言うけれど。
彼らにそうさせているのは、紛れもなく青藍なのだ。


そんな人が、私に愛を向けるのだ。
それが、凄く不思議で、けれど、それ以外の道など思いつかなくて。
その温かさも、優しさも、弱さすら、全てが愛おしくて。
その全てが、手放し難い大切なもので。


母様も、そんな思いだったのかもしれない。
ふとそんなことを思って、深冬はくすりと笑う。
青藍を抱き上げた浮竹が不思議な顔をしたが、深冬は眠る青藍を見つめるばかり。
不意に何かを探すように彷徨った青藍の手を握って、深冬はやっぱり微笑むのだった。



2018.12.02
宴の最中、深冬のもとに避難した青藍でした。
深冬の傍に居るとすぐに眠る気がするのは管理人の気のせいではないはず・・・。
心を許せる人の傍は何だか安心して眠くなりますよね。


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