色彩
■ 逆転

「・・・か、かわいい・・・。」
何かを抑えるように呟いた彼女は、次々と頁を捲る。
そこに写っているのは、黒髪の少年。
昼と夜の空の色を併せ持ったその少年の写真は、彼女の夫、朽木青藍の幼少期のもの。


遠征中の朽木青藍が死亡したとの一報を聞かされてから一か月。
ずっと気を張っている深冬を見かねて、睦月は青藍のアルバムを引っ張り出してきたのだった。
もっとも、そのアルバムは、青藍が居たのでは絶対に深冬に見せないであろう代物なのだが。


白哉に抱き着いてご機嫌な様子の青藍。
池に落ちたのか、びしょ濡れで泣いている青藍。
拗ねた顔で睦月に抱き上げられている青藍。
膨らんだ咲夜のお腹に耳を当てている青藍。


ルキアの手を握って駆けている青藍。
銀嶺の真似をしてお茶を飲んでいるらしい青藍。
京楽から酒瓶を取り上げて何やら叱っている様子の青藍。
胡坐をかいた浮竹の膝を枕にしてすやすや眠る青藍。


「・・・ふふ。あまり今と変わらないな。」
笑みを零した深冬に、睦月は少しだけ胸を撫でおろす。
あと半年という終わりが見えてきたとはいえ、彼女にとっても、自分自身にとっても長くなるであろう半年。
ここからが正念場であることは間違いない。


青藍は、昔の私のようになって帰ってくるかもしれない。
その時に青藍の心を修復するのは深冬の役目だ。
それまで深冬の心を保ってやらなければ。
だから上手く面倒を見てやってくれよ、睦月。


咲夜の言葉は尤もだった。
深冬の心は強い。
しかし、その強さは青藍が与えたもの。
青藍の愛情が、深冬に周りを信頼させるにまで至ったのだ。


「深冬。」
「なんだ?」
「お前のことだから、青藍がどんな状態で帰ってきたって、受け入れるとは思うけどな。それでもお前はきっと辛い思いをするだろう。」


言いながら睦月は自分の机の引き出しの鍵を開ける。
その中から取り出したのは、誘拐された青藍を助け出した直後の写真。
そして、その後の青藍が時折見せた、無機質な無表情の写真。
青藍誘拐以降、睦月が自分への戒めとして持っているものだ。


「青藍への覚悟に、もう一つ覚悟を加えておけ。」
それだけいって、睦月は二枚の写真を深冬に渡す。
手渡された写真を見た深冬が、息を呑んだ。
次第に深冬の気配が怒りに満ちるのが分かる。


乱れた着物と、手足の枷。
首元の枷を外しているのは睦月で。
枷を外したその首にはっきりと残っているのは、手形だった。
誰が見てもわかる、首を絞められた跡。


もう一枚の写真の青藍は、壊れた人形のように壁に持たれかかっている。
虚空を見つめるその瞳には何の感情も読み取れない。
深冬は思わず先ほどまで見ていたアルバムを見る。
並べてみても、同じ人物だとは思えないほどに、青藍から感情が抜けていた。


「青藍は、その状態で帰ってくるかもしれない。もしかすると、五体満足ですらないかもしれない。お前のことすら拒絶するほど、心を壊して帰ってくるかもしれないんだ。」
怒りに震えていた深冬の気配が、すう、と温度を下げる。
涙を堪える気配がした。


「青藍が、私を、拒絶する・・・?」
それを想像したのか、深冬の身体が小さく震える。
「あくまでも可能性の話だ。だが、その可能性はゼロじゃない。事実、その誘拐の直後は、青藍は乱菊たちを拒絶していた。」


「・・・そう、か。そうだな・・・。」
「ま、青藍のことだから、お前の姿を見ただけで心を取り戻しそうだけどな。それでも、覚悟はしておけ。青藍に拒絶されても、お前から青藍を拒絶してやるな。お前には負担かもしれないが、青藍が心を失っていたとすれば、それを取り戻せるのは深冬だけだと、俺たちは思っている。」


「・・・解った。覚悟は、しておく。待つと決めたのは、私だから。」
真っ直ぐに見つめ返す紅の瞳。
その瞳はやはり、夜明けをもたらす、暁の色。
美しい瞳だ、と思った自分に、睦月は内心苦笑する。


「なぁ、睦月。」
「どうした?」
「青藍には、睦月が必要だ。だから、この写真はもう必要ない。」
言うや否や、深冬は写真を投げ上げて、鬼道で燃やしてしまう。


「お前、何を・・・。」
目を丸くしていると、深冬は叱るように言葉を紡ぐ。
「青藍は、その引き出しの中に睦月を戒めるための写真があったって、喜ばない。青藍は、きっと、皆が笑っている写真がそこに入っていた方が嬉しい。」


それは、許しの言葉だった。
こんな戒めなど必要ないと。
青藍はそんなことを望んでいないと。
いつまでもそこに留まっているなと。


「捜索隊が青藍を連れ戻してきたら、そしたらみんなで写真を撮ろう。日常の幸せを切り取る写真を。もちろんその中には、睦月も居る。その引き出しは、そんな写真を入れることに決定した!」
得意げな深冬に、睦月は笑いだす。


「随分偉そうだな、お前。」
「私は青藍の妻だからな。つまり、朽木家当主の妻だ。実際、睦月より偉いのだ!だから、当主夫人命令なのだぞ、これは。いいな?」
立ち上がった深冬は、腰に手を当ててやはり偉そうにしている。


青藍と言い、深冬と言い、どうしてこうも朽木家に連なる人々は、優しい命令ばかりしてくれるのか。
普段の無茶ぶりが鞭なら、こういう命令は飴だ。
この飴と鞭の使い分けの絶妙さが、睦月を離れがたくする。


「まったく、厄介な主たちだな・・・。」
「解ったのか、睦月?」
「もちろんですよ、深冬様。そのお言葉、肝に銘じます。」
「解ればいいのだ、解れば。」


こちらが先に諭していたはずなのに、いつの間にか諭されている。
それがまったく、悔しいのだが。
しかし、その成長を見るのが、面白い。
そう思った自分に、睦月はこの先も彼らに振り回されていくであろう自分を想像して、やっぱり苦笑を漏らすのだった。



2018.10.14
青藍が遠征中のお話でした。
本人が居ないのをいいことに写真を見せる睦月。
深冬への息抜きといいつつ、自分も一息つかされてしまいます。
たぶんこれが、朽木家当主夫人としての深冬の、睦月への最初で最後の命令です。


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