色彩
■ 導く人

「あら、もう仕事をしているの?随分早いわね。」
時刻は就業時間開始の半刻ほど前。
三番隊を訪れた玲奈は、机に向かっている蓮を見て目を丸くする。
その声に顔を上げた蓮は、苦笑を漏らしていた。


「おはよう、玲奈さん。・・・まぁ、見ての通りだからね。」
蓮は机の周りの書類の山を見て、力なく笑う。
「そっちの隊長は相変わらずなのね。まぁ、頑張りなさい。南雲三席。」
玲奈に軽く言い返されて、蓮は少しだけ落ち込んだ様子だ。


「玲奈さん・・・。」
眉を下げた蓮を見た玲奈は、呆れたようにため息を吐く。
「情けない顔をしないの。ほら、これ今日のお弁当。私、今日は任務に出るから。」
蓮は差し出されたお弁当を嬉しげに受け取って、それから真っ直ぐに玲奈を見る。


「そっか。気を付けてね、玲奈さん。何かあったらすぐに連絡して。」
「当然だわ。私には命を粗末にする趣味なんてないもの。」
「流石玲奈さんだ。・・・それでも、気を付けてね。」
言いながら蓮は、玲奈の手を包み込む。


「玲奈さん、その、帰ったら・・・。」
「どうしたの?」
「ううん。何でもない。行ってらっしゃい。」
「えぇ。行ってくるわ。蓮も頑張りなさいね。」


名残惜しげに玲奈の手を離して、そのまま出ていく彼女を見送る。
執務室を出る前にもう一度振り向いて手を振る彼女に手を振って、ため息を吐いた。
玲奈さんとの時間が、少ないなぁ・・・。
いや、それを解消する手段も、その手段を取る許可も、すでに得ているのだけれど。


「やぁ蓮。今日も仲睦まじいようで何より。」
副官室から出てきた己の副隊長の表情に、蓮は少しだけむっとする。
「盗み見ですよ。」
「あれだけ堂々としていて何を言っているんだい?結婚の許可だって貰っているのだろう?」


「何故それを・・・。」
目を丸くした蓮に、イヅルは悪戯な笑みを見せた。
「とある朽木家当主が楽しそうに教えてくれたよ。」
「青藍・・・。」


「あの漣家から許可が下りているというのに、何をそんなに悩んでいるんだい?」
「・・・何だか、今更怖気づいたといいますか。」
「それは一体何に対して?」
「玲奈さんを、自分のものにすることに対して。」


「怖いかい?大切なものを作るのが。」
「はい・・・。僕も玲奈さんも死神で、いつ、命を落とすか解らない。それぞれに責任もある。その責任が、互いを優先させることを許さないこともあるでしょう?」
「まぁ、そうだろうね。」


「僕は、青藍に何かあったら、そちらを優先してしまう気がする・・・。」
家族のためでもなく、上司のためでもなく、ましてや恋人のためでもなく。
友のために戦え。
それが、霊術院での教えだった。


「青藍と、玲奈さん。もし、どちらかを選ばなければならない時が来たら、僕は・・・。」
世界のためという大義名分のもと、青藍を救うだろう。
青藍の役割を知ってしまってからは、よくそんなことを考える。


「・・・それは、彼女も同じだと思うよ。そしてきっと、僕も同じだ。」
言いながら遠くを見つめる瞳は、一体何を見据えているのだろうか。
副隊長は、時々こうして酷く静かな瞳をする。
「同じ、とは?」


「うん。咲夜さんとの一件から、彼女には友が出来ただろう?」
「それは・・・確かに。」
「だから彼女はきっと、友のために君を置き去りにすることがある。僕だって、阿散井君や雛森君に何かあればすぐにでも駆けつける。大切な友人だからね。」


「玲奈さんに置いて行かれるのは、嫌だなぁ・・・。」
泣きそうになった蓮に、イヅルは小さく笑う。
「君だって青藍君を優先するのだから、お互い様だろう。」
「それは、そうなんですけどね・・・。」


「けれどそれは、そうすることが出来るのは、彼女を信じているからではないのかい?友のために駆けまわる君ごと受け止めてくれるという信頼が、彼女にあるからだろう?そして、彼女もまた、同じだけの信頼を君に寄せている。」
微笑みを見せたイヅルに、蓮は目を丸くする。


「僕にはそういう相手が居ないから偉そうなことを言えた義理じゃないけれど、僕は、愛する人が、友の窮地に駆けつけるような人であって欲しい。友を見捨てて自分の所に留まってくれることも幸せではあるのかもしれないけれど。僕自身にとっては、それが幸せなのかもしれないけれど。でも、誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんて、僕は嫌だね。」


「確かに、そうなのかもしれません・・・。だって、僕が好きになった玲奈さんは、一見冷たいけれど、情が深くて、仲間を見捨てたりしない玲奈さんだもの。」
「そうだとすると、君のその悩みは不要なものだということになるね。」
それだけ言って、さぁ仕事だ、なんて机に向かう己の副隊長に、蓮は苦笑した。


副隊長はどうして、こうも導くのが上手いのだろう。
咲夜さんの指導の賜物か、元来の性分なのか。
それとも、経験か。
若しくは、その全てか。


「・・・僕、副隊長には敵う気がしません。」
ぽつりと呟けば、副隊長はくすくすと笑う。
「それはお互い様というやつだよ、蓮。」
その言葉に蓮は首を傾げるのだが、イヅルはただ笑って、仕事を始めてしまうのだった。



2018.09.30
玲奈への結婚の申し込みを躊躇している蓮でした。
恋愛相談をしてしまうくらいには、吉良君を慕っています。
吉良君が吉良君ぽくないような・・・。
多めに見てくだされば幸いです。


[ prev / next ]
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -