色彩
■ 青年会

「・・・青藍様!」
「朽木様!」
「朽木青藍様!」
座敷の襖を開けた瞬間、あちらこちらから声が飛んできて、青藍は苦笑する。


帰還後の挨拶回りも落ち着いた今日この頃。
その平穏さに平和であることの幸せを噛みしめる日々。
未だ根本的な解決に至っていないものもあるのだが、想定の範囲内だからと気長に待つと決めている。


相変わらず忙しい日々ではあるのだが、久しぶりにどうだ、と豪紀に誘われてやって来たのは、貴族の青年会。
青藍帰還のために豪紀が立ち上げた、上流貴族の青年たちが集う、時には議論を交わし、時には文献を読み解き、時には休息を取る場だ。


といっても、最近の青年会は何かと苦労の多い青年貴族たちの逃げ場になりつつある。
設立してまだ日は浅いが、そこに集められた貴族の青年たちは優秀な者ばかりで、下手な宴や集会よりも彼らのためになると周囲の者は踏んでいるのだ。
それを利用して、彼らは面倒な付き合いから逃れているのである。


上流貴族の青年たちが集うには些かこじんまりとした建物は、青年会の者ならば自由に使うことができるが、他者がその場に足を踏み入れることは禁じられている。
つまり、青年貴族たちは、この場所に居れば外部の者に干渉されることなく、気ままに過ごすことが出来るのである。


そしてそれは時に青年たちの密談の場としても利用され、青藍が遠征に行っている間はもちろんのこと、上流貴族間の微妙な均衡を保つ話し合いの場にもなっている。
彼らのその水面下の働きは、彼らの父や祖父の世代よりも円滑に進められ、その柔軟で多様性のある発想を頼って、密かに青年会に面倒ごとを持ち込む者もあるくらいだ。


『この場で、様付けは無粋だろう。僕も「私」で居なければならなくなってしまう。』
冗談めいた青藍の言葉に、小さな笑いが起こる。
『いつも通りで結構。この場に居る限り、外のしがらみは何一つ関係ない。敵同士であってもね。』


「・・・俺を見ながらそういうことを言うのは、止めてくれないか。心外だよ、「青藍くん」。」
茶目っ気を含みながらそう言い放ったのは、穂高である。
四十六室の最高位の賢者である彼は、最近青年会に入会した新顔で、その素性を隠してこの場に来ているのだった。


『やだなぁ。深読みのし過ぎですよ、「穂高さん」。』
素性を隠しているといっても、青藍帰還の際に顔を見せているので、他の貴族の青年たちも穂高が何者であるかを知っている。
皆が互いの立場の違いを自覚しているのだが、この場にそれを暴こうとする無粋な者は一人もいないのだ。


「そうかな。最初、君に青年会に誘われたとき、俺は私刑に遭うのかとはらはらしたよ。」
『貴方は僕を悪魔か何かだと思っているのですか・・・。』
「君の友人たちは、君を悪魔だと言い切っているけれどねぇ。」


『おや。貴方ほど聡い人が他人の話を鵜呑みに?』
「君が信頼する友人たちの言葉を信頼しては拙いのかい?」
そのまま見つめあって、一秒、二秒、三秒。
同時に噴き出すように笑った二人に、皆が釣られて笑う。


「・・・この短期間で、良くそこまで馴染んでいますよね、穂高さん。」
その様子を見ていた豪紀は、呆れたように言う。
「そうかい?」
「えぇ。正直、青年、っていう年でもないので、最初は面倒だなと思っていましたが。」


「あはは。正直だよね、君は。確かに俺は、朽木隊長よりも年上だけれども。」
「貴方を基準にすると、色んな方が青年会に入ろうとしてくるのではないかと内心冷や冷やしているところです。」
「ま、そうだろうね。少なくとも朽木隊長は青年会の対象となっている訳だし。」


『父上はそんな無粋な真似はしませんよ。』
「確かに、あの朽木隊長がこの場所で寛いでいる姿は想像できないな・・・。」
『そうでしょ?大体ね、父上は何だかんだ言いながら息抜きをさせてくれる大人たちが周りに居るんだよ?母上とか、母上とか、母上とか。』


「その母君が息抜きをする場所も昔から朽木家だったようだしねぇ。」
『おや、穂高さんも昔の父上と母上の様子をご存じだったんですか?』
「まぁね。嫌でも噂は耳に入ってくるよ。漣の巫女は朽木家の虜だとか、逆に朽木家の男たちは漣の巫女の虜だ、とかね。」


『・・・まぁ、それはどちらもあながち間違ってはいない気もしますが。』
苦笑を漏らした青藍に、豪紀はくすりと笑う。
『なに笑ってるの、豪紀?』
「いや、お前と深冬も似たようなものだな、と。」


『朽木家の放蕩息子がついに幼女趣味になったとか、神秘の姫が朽木家当主を操っている、とか?』
「強ち間違いじゃないだろ。」
即答されて青藍は苦笑する。


『まぁね。幼女趣味なんかないけど、出会ったばかりの深冬に恋に落ちるあたり、ちょっと否定は出来ないかな・・・。今だって時々大丈夫なのか不安になるけれども。』
「随分と可愛いことで悩んだりするんだね、君も。」
楽しげな穂高を青藍はちらりとねめつけた。


『僕だって、朽木家当主や愛し子である前に普通の男ですよ。悩みなんか腐るほどあります。』
「特に深冬に関して悩みまくりだよな。お前、深冬に嫌われたら生きていけないもんな。」


『五月蠅いな。豪紀だって実花に嫌われたら落ち込むくせに。』
「俺はお前ほど依存しちゃいない。」
『やっぱりこれって、依存?でも、夜明けがないと僕は生きていけないんだよ・・・。』
自覚があるらしい青藍は項垂れる。


「自覚があるなら今更落ち込むなよ、面倒な奴だな。」
面倒そうに言う豪紀の傍らで、穂高はやはり楽しげだ。
『・・・はぁ。深冬はどうしてこんな僕の傍に居てくれるのだろう。』
膝を抱えてため息を吐く青藍は、どこからどう見ても悩み多き青年である。


「その不思議さが、愛というものだよ、青藍くん。」
穂高の呟きに、青藍は顔を上げる。
「愛とは不思議なものだよ。その始まりが君たちのように恋であろうと、俺のように情であろうと、愛に変化していく。そしてその繋がりは、誰にも断ち切れない。当事者であってもね。」


『そう、ですね・・・。僕は、何度も思い返すんです。深冬と出会ってからのこれまでを。もっと他の道があったんじゃないかって。でも、駄目なんですよ。何度思い返しても、僕は深冬に一目惚れをするし、彼女を守ることを選択するし、彼女の傍に居るために命を懸ける。それで、今あるこの幸せに、辿り着く。』


「だから君は、何度でも同じ選択をする?」
『はい。だって、ほかの道を選べば、世界が終わってしまうから。僕が、その引き金を引いてしまうから。世界がなくなってしまったら、僕は、この幸せを手に入れることが出来なかった。これまでも、これからも苦しいことなんかいくらでもあるけれど。』


彼のような人が愛し子で良かった・・・。
青藍の言葉を聞いた穂高は内心で呟く。
彼が相手にしているのは世界で、その世界から見れば四十六室などちっぽけな存在で。
だからこそ、我々は彼の相手になり得ない。


そして、彼は、その世界に愛されている。
何より彼自身が、この世界を愛している。
そうしなければ一人の女性を愛することが出来ないとでもいうように。
だからこそ、あの銀色の少女は、彼を愛しているのだ。


「青藍くんにとって、彼女は、世界そのものなんだね。」
そして「我々」はその世界を壊そうとしていたのだ。
いや、実際に、壊していたのだろう。
彼の、彼の母の、朽木家の、そのほか多くの者たちの、幸せを。


「そして、深冬にとっても、お前は世界そのものなんだろうな。」
全くその通りだ、と穂高は豪紀の言葉に頷く。
『そうだといいけれど。』
「そうに決まってんだろ。彼奴に世界を与えたのは、お前なんだから。」


その言葉に目を瞬かせた青藍を一瞥した豪紀は、本棚から適当な本を取り出すと、それを読み始めた。
その一瞬ののち、どういうことなの、と青藍が問うのだが、豪紀は軽くあしらうだけ。
二人のそんな様子を、穂高は楽しげに見守るのだった。



2018.03.05
上流貴族の青年たちの中でも厳選された者だけが入会を許されている青年会。
西洋の貴族のサロンのような場所をイメージしていただければと思います。
次期当主はもちろんのこと、後継者にはなれない立場の者も居ます。
青年会は権力とは一線を画した立場ではありますが、徐々に優秀さが広まって面倒ごとが持ち込まれる場所になっていくのでしょうね。


[ prev / next ]
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -