色彩
■ 安堵の涙

「・・・卯ノ花さん。隣、いいですか?」
青藍が遠征から帰還した日の夜。
盛大な宴の余韻を楽しみながら朽木家の縁側で一人酒を嗜んでいた卯ノ花の元にやって来たのは、睦月だった。


「えぇ。もちろん。」
隣に座るように促せば、睦月は座り込んで、勧めた酒を一口で空ける。
「今夜は特別甘露ですね。」
満足気に緩んだ睦月の瞳に卯ノ花もまた口元を緩めた。


「青藍は?」
「深冬がついてます。深く眠り込んでいるようです。」
「そうですか。・・・安心、しましたか?」
「はは。そりゃあ安心くらいしますよ。可愛い主ですからね。」


表情を和らげた睦月は、実年齢よりも若く見える。
これが彼の本来の表情なのかもしれないと、卯ノ花は内心苦笑する。
青藍が遠征に出てからずっと張り詰めていたのは私も同じだったけれど、きっと、睦月はもっと張り詰めていたのでしょうね。


「青藍が泣いて、良かった・・・。」
溜め息とともに零された言葉に、卯ノ花は頷きを返す。
「俺はね、卯ノ花さん。青藍が、昔の咲夜さんの状態で帰ってくることを覚悟していたんです。彼奴は強いけど、弱いから。」


「私も、その覚悟はしていました。もちろん、それでも青藍を受け入れる覚悟もしていました。」
「俺もです。・・・でも、彼奴、笑ってた。途中まで俺と師走が迎えに行ったら、南雲たちと笑っていた。院生時代に、霊術院の中でそうしていたように。」


「私にも、笑顔を見せてくれました。私のこの手が温かいと言ったときは、本当に、安心しました。」
昼間、青藍がすり寄った手のひらを眺めて、卯ノ花は微笑む。
あの温もりに安心したのは、私だけではないはずだ。


「それで、泣いた。俺はね、あの時青藍が泣いたことに、本当に安心しました。弱い部分を殺さなくても、彼奴は乗り越えられたんだって。今回のことだって彼奴にとってはトラウマの一つになっているけれど、それでも彼奴は、自分の感情を捨てずに帰って来たんだって。・・・卯ノ花さん。彼奴は、眩しいくらいに、強いんですね。」


泣きそうな、横顔。
その瞳はゆらゆらと揺れている。
この人は、泣けないのだ。
それが、草薙睦月の弱さ。


「睦月。」
名前を呼んで、その頭を引き寄せる。
戸惑いながらも抵抗することなく肩に凭れかかってきた睦月にクスリと笑えば、拗ねたような視線が向けられた気がした。


「睦月だって、強い子ですよ。睦月こそ、怖かったでしょう。辛かったでしょう。また青藍だけに苦しい思いをさせてしまっていると、自分を責めたことでしょう。その優しさは貴方の弱さでもありますが、貴方の強さでもあります。私は、貴方が強さと弱さを兼ね備えていること、そして、その二つと正面から向き合っていたことを知っています。」


「卯ノ花さん・・・。」
「ですから、たまには、目上の人に甘えてみては如何ですか?青藍たちが貴方に甘えるように。貴方の教え子たちが貴方を頼るように、頼ってみては如何でしょう。」
ゆらゆらと揺れていた瞳から、雫が滑り落ちる。


「大丈夫です。明日、目が覚めた時、青藍はちゃんと此処に居ます。」
「はは・・・。卯ノ花さん。貴女はなんでもお見通しって訳ですね。」
「ふふ。だって、私も、寝付けないのは同じですから。皆さんには、秘密ですよ?」
「今日の俺を、秘密にしてくれるなら。」


それから暫く静かに涙を流した睦月は、拗ねた様子で礼を言って去っていく。
素直じゃありませんね、まったく。
その姿にクスリと笑って空を見上げれば、満天の星空が広がっている。
卯ノ花はその星々を飽きもせずに一人で眺めるのだった。



2018.02.19
青藍帰還の日の夜の出来事。
こうして時折甘えてくる睦月を、卯ノ花さんは甘やかすのです。
それはきっと、睦月に心から愛する人が出来て、その人に弱さを見せるようになる日まで、という制限付きなのでしょうけれど。


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