色彩
■ 草の月B

『・・・何それ。それじゃあ、どっちにしても睦月に自由はないじゃないか。そんなのは絶対駄目だから、睦月は一族の風習になんか従わなくていい。頭領の三箇条なんて知ーらない!』
子どものように言った青藍に、巳月が不満げな瞳をしながら頬を膨らませたので、奈月は苦笑する。


「朽木家当主が決めていいことじゃないもん!」
『僕が決めていいことだもん!僕は睦月の主なんだから!』
「睦月兄ちゃんは睦月兄ちゃんだもん!朽木家当主が主であろうと、決めるのは睦月兄ちゃんだもん!」


「・・・おい。お前ら、やめろ。特に青藍。大人げないぞ。」
にらみ合う二人に、睦月は呆れた顔をした。
『・・・・・・この人より僕の方が年下でしょ。大人げないのは僕じゃないもん。それに、睦月は、傍に居るって言った。』
睦月はじとりとした視線を向けられるが、呆れ顔のままで言葉を続ける。


「そんな目で見るなよ。それは嘘じゃない。」
『じゃあ、どうして、さっきから、考え込んでいたの?どうするか、迷うことでもあるの?僕は、睦月が何かに縛られるのなんて嫌だし、睦月が何かに縛られて苦しむのなんかもっと嫌だ!それに、いつまでも、僕のことを第一に考えるのだって、嫌だ!!』


「そんなこと・・・。」
『ないとは言わせない。でもそれは、睦月がずっと僕に負い目を感じているからでしょう?僕が誘拐されてから、ずっと、睦月は、自分のせいだ、って、責めているでしょう?僕があの日のことで苦しむたびに、睦月も苦しんでいるじゃないか!』


歪んだ瞳は泣きそうで。
ずっと、そんなことを思わせていたのかと、睦月は自分が情けなくなる。
・・・でも、確かに、青藍の言葉を否定すれば、嘘になる。
あの日からいつだって、俺の中で優先順位が高いのは、誰よりも、何よりも、青藍なのだから。


『僕に何かあれば、睦月はいつだって飛んでくるけど、僕よりも優先順位が高い人が居たって、構わないんだよ・・・?だって睦月は、もう、何物にも代えがたいものを、知っているでしょう?僕のことを第一に考えてくれることはすごく嬉しいけど、でも、睦月は、欲しいものに手を伸ばして、何よりも大切に・・・愛することが、出来るでしょう?』


「・・・馬鹿だな、お前は。」
『馬鹿!?僕は真面目に言っているのに!!』
「お前は大馬鹿者だよ。本当に。」
『馬鹿は睦月だもん!』


「いや。お前の方だ、馬鹿青藍。・・・そんな心配すんなよ。ちゃんと、解ってる。だから、草薙の習慣やら頭領の三箇条やらに縛られるつもりはない。ただ、秘術の後継者が必要なのは、お前も理解できているな?これまで秘術を草薙の一族が受け継いできたのには、理由があるのかもしれない。俺たちがそれを知ろうと知るまいと、それが世界とやらの意思なんだろう。だから・・・。」


『だから?』
「巳月との婚約の件は保留だ。だが、俺の後継者候補として、巳月と奈月を指名する。」
「そんな・・・。睦月兄ちゃんは、巳月じゃ駄目なの・・・?」
涙目になった巳月を見ても、睦月は素っ気ない。


「お前がさっき自分で言ったんだろ。決めるのは俺だ、って。」
「それは、そうだけど・・・。」
「その通りだよ。俺は、自分のことは自分で決める。だからお前も、自分のことは自分で決めろ。俺の後継者として俺の傍に居るか、俺から離れるか。お前が決めていい。もちろん、奈月もな。」


「私は・・・私は、睦月様や師走様の元で、もっと学びたいことがあります。それから、そちらの青藍様から学ぶことも沢山あるでしょう。私は、医者です。多くの死を見てきました。そのほとんどが、やるせない理由で命を落としている。流魂街は、貴族の皆さんが想像する以上に、広いのです・・・。」


『君が僕らに会いたかったのは、それを伝えるため?』
「はい。今回、これまで医者として稼いだ分をつぎ込んで、井戸を掘り、診療所を設置しましたが、個人の力では出来ないことが、たくさんありました。何より、流魂街の民は虚への対処法を碌に知らない。虚に目を付けられた集落は、一つや二つではなかった。」


「奈月。俺たちはそれを分かっている。流魂街が広いのなんて、青藍は良く知ってるぜ。俺や睦月には敵わないだろうが、それでも、そこに居る京楽さんや七緒さんよりは、流魂街の広さを知っている。」
師走の言葉に京楽と七緒は頷きを返す。


「青藍は、流魂街の貧しさをよく知っているよ。僕らなんかより、ずっとね。」
「中々、流魂街の民の声は私たちの元まで聞こえてこないのです。そこまで人員を割くことが難しいのは確かですが、手が回っていないことはお詫びするべきでしょう。」
「そうだね。死神に対して良い印象を持っていない流魂街の民も多いし。山じいに話してみるよ。」


「俺からもお願いします、京楽さん。・・・で、お前はどうする、巳月?」
皆の視線が集まって、巳月はたじろいだように俯く。
しかし、すぐに顔を上げて、睦月をまっすぐに見つめた。
その瞳には、先ほどまでの弱さはない。


「・・・朽木家当主は、信じるに値する人?」
「あぁ。」
「師走兄ちゃんもそう思う?」
「まぁな。普段は適当で胡散臭いが、根は悪い奴じゃない。面倒くさい奴だけどな。」


「そっか・・・。それじゃあ、巳月は、ここに残る。流魂街で、朽木家当主が本当に動いているか、見ている人が必要でしょ?」
「巳月・・・。」
「・・・っく、はは。お前、弥生とおんなじこと言うんだな。血の繋がりってのは恐ろしいぜ。」


『弥生さん・・・?』
「あぁ。前葉月は弥生の姉さんなんだが、その娘なんだよ、巳月は。睦月が消えた翌日には葉月を引退して、旦那と共に山に籠ったがな。一族が争いを始めることを予見していたんだろう。そのくせ俺に巳月を任せるんだから、質が悪いんだけどな。」
げんなりとした師走に、奈月は苦笑する。


「伊月様は、師走様を信頼しておられるのですよ。」
「それにしたって普通他人に任せるか?いくら俺が争いの外に居たからって。如月が死んだ日、俺、巳月を連れて逃げる余裕なんかなかったぞ?」
「私が連れ出しましたので、ご心配なく。その辺は伊月様によく仰せつかっておりましたので、元々師走様の役割ではなかったのでしょう。」


『・・・何か、今更だけど、ようやく草薙の一族の営みが形になって見えた気がする。』
「そうか?」
『うん。睦月も師走も一族のことは殆ど話さないから。でも、睦月も師走も、一族の縛りやら掟やらは嫌いだけど、一族の人は、そんなに嫌いじゃなかったんだね。』
青藍に言われて、睦月と師走は顔を見合わせる。


「・・・言われてみれば、人は、そんなに嫌いじゃなかった、か?」
「いや、俺は結構嫌な奴が沢山いるはずだけどな・・・。」
「お前は半端者だから仕方ないだろ。」
「普通に暴言吐くなよ。昔の可愛い睦月は一体どこへ消えたんだろうな・・・。」


「黙れ馬鹿師走。・・・まぁ、今思い出す分には、そんなに悪くなかったかもしれないな。男に限定すれば。」
「ははは。お前の寝所には常に女が忍び込んでいたからな。」
「あぁ・・・。それだけは思い出したくもない・・・。」


『あはは・・・。僕も想像するのはやめようっと。・・・さて、まぁ、原因は解明したわけだし、帰りましょうか。新顔二人は一度朽木邸に来てもらうよ。朽木家が草薙の一族をどう扱っているのか説明しなければならないし、会わせたい人たちも居るからね。出来ることならば、山本の爺か四十六室に直接流魂街の現状について説明してもらいたいところだけど・・・。』


「その辺は、僕らに任せてよ。四十六室はともかく、山じいは時間を取ってくれると思うよ。」
「京楽隊長でだめなら、浮竹隊長にお手伝いいただきますから、私たちにお任せを。」
『ありがとうございます、七緒さん。頼りにしてます。』


「え、僕には・・・?」
悲しげな顔をする京楽だが、青藍は七緒にしか笑みを向けない。
・・・信用のなさに涙が出てきそうだよ。
京楽は内心で呟いて、肩を落とす。


「まぁそう落ち込まないでくださいよ。」
「そうですよ。帰ったら一杯付き合いますんで。もちろん京楽さんの奢りで。」
「・・・君たちに奢ると、僕の懐が寒くなるんだけどなぁ。」
「まぁそう言わずに。いくらでも付き合いますから。」


『二人とも、春水殿に集るのはやめなさい。睦月も師走も技術開発局から多額の報酬を得ていることを知らない僕ではないよ。』
「あれは労働の対価だ。」
「むしろあれだけであんなに働いてるなんて、俺たち偉いよな。」


『阿近さんは君たち二人の時給が高すぎる、って文句を言ってきたけどなぁ。』
「俺たちより安い時給で俺たちより働く阿近がおかしいんだろ。」
「労働の対価はちゃんと支払ってもらうべきだよな。あいつ、ちゃんと残業代申請すればその辺の副隊長より貰えるのに。」


『技局に残業っていう概念があるのか謎だよね。・・・ま、いいや。皆さん、帰りますよ。あんまりお散歩の時間が長いと、今日も徹夜になってしまう・・・。』
「お散歩って・・・。ちゃんとこれも仕事だからな?白哉さんに言われてきてんだから、報告書もちゃんと出せよ?」


『はいはい。・・・帰ったらまた書類の山が待っている。本当に、嫌になるよ。』
「今日頑張れば明日は深冬が居るだろ。」
『深冬が居ても、僕は休みじゃないんだよ・・・。』
「癒しがあるだけましだろ。」
『それはそうなんだけど、生殺しでもあるから辛いところだよね。』


「・・・変な奴。」
歩き始めた青藍たちに続きながら、巳月がぽつりと呟く。
「ふふ。そうですねぇ。でも、睦月様も師走様も、余計な力みがない。自然体です。」
「・・・うん。睦月兄ちゃんと師走兄ちゃんって似てたんだね。知らなかった。」


「私もです。でも、私は、今のお二人の方が、安心します。どうしてでしょうね?」
「まだ、解らない。でも、着いていったら、答えが解るかもしれない。」
「そうですね。そのために朽木家という大きな船に乗ってみるのも、いいかもしれません。」


「泥船だったらどうする?」
「その時は、泳いで逃げましょう。私たちにはそれが出来ます。」
「睦月兄ちゃんは、一緒に逃げてくれるかな?」
「それは、巳月次第です。睦月様の一番になるように努力を怠らないことですよ。」


「・・・そっか。そうだね。ありがとう、奈月。」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございます、巳月。」
二人でくすくすと笑い合って、前を歩く青藍たちの元まで駆けていく。
勢い余った二人は、揃って睦月に激突して、仲良く拳骨を落とされるのだった。



2017.04.19
草薙の一族のお話。
当初は睦月と師走が生き残りに命を狙われる予定だったのですが、思ったよりも奈月と巳月が良い人でした。
睦月と巳月の関係は如何に。
巳月はともかく、睦月は難しいので、先は長いことでしょうね。


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