色彩
■ 雷と諸刃の剣

「・・・以上の理由により、此度の朽木青藍の遠征隊派遣について抗議を申し上げるとともに、今後、漣家への過度の干渉があれば、我が漣家は四十六室との接触を一切受け付けず、また、場合によっては対立の道を選ぶことをお知らせいたします。漣家第三十一代当主漣咲夜、及び、同じく第三十二代当主漣天音。」


弥彦が読み上げた文書の内容に、阿万門邸の一室に重い沈黙が落ちる。
これまで表立って四十六室への抗議の声を上げることがなかった漣家から、警告文が使者を通して送られてきたのだった。
その上、使者としてやってきた男は漣弥彦で、その後ろには、件の文の差出人である漣(朽木)咲夜が控えている。


「・・・警告というより、脅迫だ。」
重い沈黙を破ったのは穂高である。
その口調はどこか明朗で、その瞳には愉快そうな輝きが灯っていた。
そんな彼を一瞥して、弥彦は小さく笑う。


「そう取られても構わない、というのが現当主のご意向にございます。」
「なるほど。朽木咲夜を連れてきたのも、そういう意図があってのことなのかな。」
「あなた方から見れば、そういうことになるのでしょう。しかし、彼女は自ら伴を申し出てここにおります。今ここに居るのは、朽木咲夜ではなく、漣家の大巫女、漣咲夜殿に御座いますゆえ、朽木家とは別のところで動いていると申し上げておきます。」


「ということは、何か俺たちに用があるのだね、「漣咲夜」。」
視線を向けられて、咲夜は頷きを返す。
今日の咲夜が纏っているのは死覇装ではなく、純白の布に金銀の糸で刺繍が施された袴である。
初めて見る漣家の正装に、穂高は眩し気に目を細めた。


「仰る通り、申し上げなければならぬことがいくつかございます。我が漣家と、霊王様、そして私の息子である朽木青藍について。・・・お話をする前に断っておきますが、このお話には、私の私情は含まれておりません。ただ、お二人がこのお話を信じる信じないに関わらず、それが事実である、ということをご理解くだされば幸いです。」


「理解できるかどうかは解らないけれど、とりあえず話は聞かせて貰おう。貴方たちと信頼関係を結ぶためには、対話が必要だ。もちろん、秘密は厳守する。俺とナユラ殿だけを呼び出したということは、そういうことだろう?」
「流石に斎之宮家の当主はお察しがよろしいですねぇ。」
満足げな目をした弥彦を見て、咲夜は口を開く。


「では、さっそくお話させて頂きます。まず、我が漣家についてですが・・・。」
漣家の役割。
霊王には霊妃という存在があること。
青藍の立場。


咲夜は、その全てを穂高とナユラに語った。
始めはただ驚くばかりの二人だったが、次第に真剣な顔になって、事の重大さに顔を青褪めさせていく。
その渦中に居る青藍への四十六室の仕打ちを思うと、二人は顔を歪めずにはいられなかった。


「・・・以上が、私たちが知り得る全てのこと。先ほど穂高殿は我が漣家との信頼関係を結ぶため、と仰いましたが、我らは、四十六室とも、死神たち、その他の機関、貴族たちの全てから切り離されていなければならないのです。」
「つまり、四十六室は関わるな、ということです。」


「しかし、俺たちは・・・俺たち四十六室には、使命がある。」
この話を聞いても尚、この男は私たちを真っ直ぐに見るのか・・・。
自分たちを見つめる穂高に気付いて、咲夜と弥彦はちらりと視線を交わす。
穂高と同じく自分たちを見つめるナユラを見ると、彼女は口を開いた。


「・・・事情は相分かった。それほどの事情があったことを知らなかったとはいえ、我らが貴方方に強いた苦痛は許されるものではない。改めて、謝罪を申し上げる。」
頭を下げたナユラに倣って、穂高も頭を下げた。
二人の姿に、咲夜は何故だか泣きそうになる。
そんな咲夜の心情を読み取ってか、弥彦が彼女の背中をぽん、と軽く叩いた。


「頭を上げなさい。私たちは、君たちを責めに来たわけではない。霊王も君たちをどうこうする気はない。ただ、君たちはもっと知るべきだ。世界のあちらこちらに転がっている痛みを。苦しみを。そして、優しさや、愛情を。この中では私が一番年長だから、偉そうなことを言うけれど・・・世界は君たちが思うよりも広く、険しい。そして、君たちが思うよりも慈愛に満ちている。」


絶えず流れる水。
幾星霜も瞬く星。
燦燦と輝く太陽。
大地に根を張る木々。
挙げれば切りがないほどに、この世界は美しい。


青藍君は・・・あの子は、それを良く解っている。
解っているからこそ、あれ程苦しむ。
我が子が苦しむ姿を見て、咲夜殿や白哉様が苦しむ。
自分でさえ苦しいのだから、彼らの苦しみは計り知れないだろう、と弥彦は思う。


「・・・何故青藍君が愛し子に選ばれたのか、そして、誰が選んだのかは、私たちにも解らない。しかし、愛し子が生まれると、剣の巫女は生まれなくなる。そういう予言めいたものが、ずっとあった。愛し子とは一体何なのか、どんな役割があるのか、それすらも分らない。けれど・・・。」


「・・・あれは、諸刃の剣よ。」
聞こえてきた声にはっとして、弥彦は咲夜を見る。
その瞳は、紅に染まっていた。
「霊妃、さま・・・。」


「久しいのう、弥彦。・・・やはり、固まるか。斎之宮も、阿万門も。まぁよい。そのまま聞け。青藍が愛し子という理由はただ一つ。青藍が鳴神を御しているからじゃ。あれの持つ鳴神は、漣家の初代の剣の巫女が封じたものであった・・・。」
霊妃の言葉に弥彦は息を呑む。


「では、青藍君が愛し子であるのは・・・。」
「あの鳴神の主であるからこそ。あれは古い力だ。光と影すらも分かれていない混沌としていた世界を切り裂き、この世界に光と影をもたらしたもの。そのときに生まれたのが霊王じゃ。生まれた当時は形を持たず、世界を覆う巨大な靄のような存在だったらしい。じゃが、時が経ち、我が一族の祖が生まれ、彼らがその靄を人型にした。」


「そしてそれが霊王となった・・・。」
「その通り。それから異端の妾が生まれ、霊王の妃となった。妾が異端と呼ばれるのは、妾の血の半分が、一族の血ではないからだ。では、その血は一体どこから来たのか。」
霊妃の言わんとしていることに気付いた弥彦は、唖然とするしかなかった。


「まさか、それが、鳴神だと、仰るのですか・・・?」
「左様。妾は鳴神の子。世界を切り裂くことに力を使い果たした鳴神は、年月を経て力を取り戻し、我が母の前に姿を見せた。まるでそれが当然だとでもいうように、母は鳴神を受け入れた。そして、妾が生まれたのじゃ。」


「何故・・・何故、そのようなお方を、初代の剣の巫女は、封じたのですか?」
弥彦の問いに、霊妃は小さく笑う。
「力が強すぎるからじゃ。王は一人いればよい。次なる王も、一人いればよい。鳴神はそういって自ら封じられたのじゃ。」


「では、強大な力を持つ斬魄刀が暴れ、それを封じたという言い伝えは、嘘だったのですか?」
「嘘ではないが、正しくはない。鳴神をその身に封じた初代が、その力に耐えきれずに狂ったのだ。そしてそのまま、初代は死んだ。その亡骸から生まれたのが、鳴神を内包した森羅だった。それから長い時が過ぎ、森羅は咲夜によって砕かれた。」


「・・・その時に、鳴神が森羅から解放されたのですね。」
弥彦の言葉に霊妃は頷きを返す。
「解放された鳴神は、天へと駆け上がり、製作途中だった浅打に入り込んだ。その際に巻き起こった風もまた別の浅打に入り込んでの。それが、青藍と橙晴の手に渡った。」


「鳴神と、風伯。森羅の主たる咲夜殿の息子である彼らがそれらを手にしたのは必然かもしれませんね・・・。」
「この世界に、必然でない偶然などありはしない。まぁ、偶然にしろ、必然にしろ、青藍が鳴神を屈服させていることは間違いない。ただ、青藍の箍が外れると少々厄介なことになるようじゃ。だからこそ、諸刃の剣だと言ったのじゃ。」


私たちが卍解した青藍君に感じる畏怖は、原始の恐怖だったのか。
あの姿の神々しさは、まさに神の力。
金色の瞳と髪に宿るのは、雷の力そのもの。
霊妃が彼を気に入るのは、道理か・・・。


「・・・ふ、はは。あはは!」
笑い出した弥彦に、霊妃は首を傾げる。
「なんじゃ?急に笑い出して・・・。」
「いや。霊妃様にも可愛い所があるのですねぇ。」


「どういう意味じゃ?」
「貴女が青藍君のあの姿を気に入っているのは、重ねているからなのですね。長く傍に居ながら、これまで姿を見ることが出来なかった己の父を。直接触れ合うことのできなかった父親に触れられるのは、青藍君があの姿になった時だけなのでしょう?大きな力を触れ合わせてしまえば、世界への影響が計り知れないから。」


「・・・・・・妾は、それほど幼くはないぞ。」
珍しく拗ねた表情をした霊妃に、弥彦は再び笑った。
「笑うな、弥彦!」
「いえ、申し訳ございません。」


「笑うなと言っておろうに!」
「もしかして、貴女が漣家を選んだのは、彼らが父親と同じ色彩を持っていたからですか?」
「ち、違う!!・・・弥彦のくせに生意気にも妾を揶揄いおって!覚えていろ!」
逃げるように遠ざかった霊妃の気配に、弥彦は声を上げて笑い続ける。


「・・・は、は、はぁ。や、やっと、息が出来る。」
「ひ、久しぶりに、呼吸をした気が、する・・・。」
弥彦の笑い声のお陰か、固まっていた体が動き出した穂高とナユラは酸素を取り込もうと息を切らせる。
それを見た咲夜は苦笑した。


「霊妃がすまんな。突然降りて来たから、私も驚いた。」
「咲夜殿、は、よく、こういうことが・・・?」
「最近は殆どない。青藍と茶羅が霊妃の相手をしているからな。あの方が気まぐれなのは、昔からだが。」


「何故、弥彦殿は平気なのですか?」
「私かい?私は、まぁ、霊妃の加護はないが、霊王の加護があるからなぁ。霊王宮にもよく招待という名の連行をされるしね。」
快活に笑う弥彦に、穂高とナユラまで力が抜けて、くすくすと笑いだす。


「ふ、はは。どうする、ナユラ殿?我々では、相手にならないぞ?」
「そのようだ。我らに出来ることはあまりに少ないな。」
「そうだね。俺たちは俺たちにできることをやるしかなさそうだ。」
「だが、それでいい気がしてきた。それが私たちの役割なのだろう。」


「あぁ。それ以外のことには首を突っ込むべきではないね。まったく、怖い話を聞いてしまったなぁ。これから毎日魘されそうだよ。」
「私もだ。それでなくとも頭痛の種が腐るほどあるというのに・・・。」
「ま、仕方ないね。朽木青藍と一緒に頑張ろうじゃないか。」


『・・・ねぇ、鳴神。』
「なんだ?」
『今の話、知ってたの?』
「話を聞いてそういえばそんなこともあったと思い出した。」


阿万門家の一室の天井裏で、ひそひそと話す男が二人。
黒髪の男は、青藍。
金髪の男は、具象化した鳴神。
白刃と黒刃のお遊びで具象化された鳴神の姿を霊妃に見せに行こうとしたところ、咲夜と弥彦を見つけて今に至るのだった。


『それはどうなの・・・?霊妃様が鳴神の娘って、僕はどうしたらいいの・・・?』
「これまで通りで良い。」
『ていうか、鳴神、そんなに古い斬魄刀だったの・・・?』
「そうらしいな。」


『そうらしいな、ってね・・・。危うく君と霊妃様を直接会わせるところだったじゃないの。世界への影響が計り知れないとか言ってたよ?』
「今の我は主の斬魄刀でしかない。」
淡々と答える鳴神に、青藍は溜め息を吐く。


『全く・・・。今後、何か思い出したら僕に教えること。いいね?』
「あぁ。・・・青藍。」
『うん?何か思い出した?』
「我は腹が減った。何か食べろ。」


『・・・君はそういう奴だよ。解っていたけどさ。まぁいいや。それじゃ、ご飯を食べに帰りましょうか。僕の燃費が悪いのは君のせいだよねぇ。その辺のコンセントから電気を食べるんじゃ駄目なわけ?』
「あれは不味いから嫌だ。」


『食べたことあるんだ・・・。』
「天然の雷ならば美味いが、人工のものは好かぬ。青藍の霊圧が美味いせいで、我はグルメになった。」
『グルメって・・・。どこで覚えてくるの、そんな言葉・・・。』


謎の多い己の半身に呆れながらも、青藍は天井裏から外に抜け出す。
何やら余計な話を聞いた気もするけれど、当の本人がこの調子だし、聞かなかったことにしよう。
青藍は内心で呟いて、腹を空かせた鳴神のために近くの料亭に飛び込んだのだった。



2017.05.15
作者も驚きの鳴神の真実。
何故こんな話になったのか、自分でも良く解りません。
森羅が砕けた時に、鳴神の記憶は一度失われているのだと思われます。


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