色彩
■ 牽制

「・・・では、この書類を頼む。」
「「「はい、深冬先輩。」」」
入隊して一年も経っていない隊士への書類の処理方法の説明を終えれば、彼らはいそいそと自分の席に戻っていく。
自分も仕事に戻ろうと席につき書類に手を伸ばそうとして、後ろから忍び寄る気配に気づいた。


『深冬ー!』
ぎゅう、と後ろから抱き着いてきたのは、青藍だ。
遠征から帰還して数か月が経過しているのだが、彼は未だにあちらこちらへ引っ張りだこで、忙しい日々を送っている。


青藍の姿に執務室がざわめき、彼の姿を初めて見る隊士たちが、好奇心に負けてこちらを見ているのが解る。
その様子に青藍を知る隊士たちは苦笑を漏らして、彼らの意識を仕事に向けさせるべく声を掛けたので、新人たちは慌てて視線をそらした。


「仕事中だぞ、青藍。」
呆れたように言う半面、こうなるのも仕方ないとも思う。
何せ、二人の時間は遠征に行く前よりも少ないのだから。
朝は私よりも早く出かけて、夜は私が眠ってから帰ってくる。
そんな青藍の補佐をしている睦月の方が青藍と一緒にいる時間が長いのだ。


『僕は休憩中だもーん。』
子どものように言ってすり寄ってくる青藍をちらりと見れば、貴族の正装姿で。
その表情はどこかぐったりとしている。
そして、彼が纏う香りの中に、いつもと違う香りがあることに気づく。


「・・・香水の匂いがする。」
少々顔を顰めながら問えば、青藍は乾いた笑いを漏らした。
『例の如く女性陣に囲まれて、やっと逃げ出してきたんだよ・・・。もうやだ。なんで女性が苦手だって公言したのに寄ってくるのか・・・。嫌がらせとしか思えないよ・・・。』
盛大なため息が首筋にあたってくすぐったい。


『深冬に香りが移ったら嫌だから、脱いでおこうっと。』
背中から離れた青藍は、羽織を脱いで窓枠に引っ掛ける。
ふわ、と青藍の香りが鼻腔をくすぐった。
その香りが近くなったかと思えば、再び後ろから抱きしめられる。


『ていうか、忙しすぎない・・・?僕、帰ってきた翌日しか休んでない気がする・・・。深冬不足で死にそう・・・。このまま深冬と邸に帰ってお昼寝したい・・・。』
「人前だぞ、青藍。あまりそんな姿を見せるな。」
言いながら、私だって青藍不足だ、と内心で溜め息をつく。


『冷たいなぁ。・・・ねぇ、深冬。そこの書類、漢字が違う。』
背中にぴったりと張り付いている青藍が指さした書類を見ると、確かに漢字の間違いがあった。
その書類の作成者を見れば、先ほど指導した新人の一人のものである。


「・・・青木。」
「はい!」
返事をした新人の男は、慌てた様子で私の机の前にやって来た。
「この書類、誤字がある。もう一度確認して再提出だ。」
「あ、はい・・・。解りました。申し訳ありません・・・。」


「あまり焦るなといつも言っているだろう。確認は大事だぞ。」
「はい。気を付けます。」
解っているのかいないのか、へらり、と笑って席に戻っていく姿に、小さくため息をつく。
仕事が出来ないわけではないのだが、どこか抜けている男なのだった。


『・・・・・・誰、あれ。』
不満そうに耳元で囁かれて、その不穏な響きにびくりとする。
「私が指導を担当している新人の青木だ。」
『ふぅん?僕には何の挨拶もないのに、深冬ばっかり見てた。・・・深冬は僕のものだもーん。誰にもあーげない!』
わざと声を大きくした青藍は、何かが気に入らないようだ。


「ちょ、こら、青藍!こんな所で何を言っているのだ!」
抗議をしようと青藍の腕から抜け出そうとするのだが、どうやっているのか抜け出せそうにない。
余計にぎゅ、と抱きしめられて、苦しいくらいだ。


『僕がいない間に変な虫がたくさん寄り付いていたのかと思うと、すごく嫌だ。僕の深冬に手を出そうとしていた奴は皆締め上げたい・・・。』
「締め上げるのはどうかと思うぞ・・・。それに、この三年、そんな人は居なかったから安心しろ。縁談を持ち込んできた強者も居るには居たが。」
『僕の深冬なのに・・・。』


「そう拗ねるな。青藍に挨拶をしなかったことは後で叱っておく。・・・今日は、邸に帰って来るのか?」
『うん。睦月が、ちゃんと寝ろって五月蠅いから。深冬が寝る前に帰るのが目標。』
「そうか。ならば、眠らずに待っている。明日は非番なのだ。」


『深冬ったら、誘ってるの?そんなことされたら遠慮なく食べちゃうよ?』
揶揄うように言われて思わず顔が赤くなる。
「な!?そういう意味ではない!」
『違うの?』
「ち、違う!」


『・・・なんだ。残念。でもまぁ、君との時間が出来るなら、もう少し頑張ろうかな。充電も出来たし。』
腕が緩められて、青藍がひょいと顔を覗き込んでくる。
『ふは。赤い顔だ。かわいー。でも、あんまり可愛い顔を振り撒いちゃだめだよ?』
「そ、そんなことはしていない!青藍のせいだ!」


『あはは。そうだね。それじゃ、僕が責任を取ろう。』
そう言って私の左手を掬い上げた青藍はその薬指に口付けた。
『・・・今はこれで許してね。じゃ、また後で、深冬。』
青藍は羽織を掴んでそのまま窓から出ていく。


「ま、青藍!・・・行って、しまった・・・。」
あっという間に遠ざかった気配に、寂しさが込み上げてきた。
私だって、青藍に抱き着きたかったのに・・・。
そう思ってから、多くの視線が向けられていることに気づく。


「・・・青藍君たら、相変わらず深冬ちゃん一筋なのね。忙しいのにわざわざ牽制に来たのよ、あれ。」
「新婚夫婦のイチャイチャを見せつけられた気分だぜ。」
「ははは。青藍はキス魔だからな。深冬限定で。」
「人前では自重しているようですが、先ほどのあれは、やはり、二人の時間が取れていないからなのでしょう。」
上から、清音、仙太郎、咲夜、ルキアである。


「み、皆さん、見ていたのですか・・・?」
恐る恐る聞けば、四人は満面の笑みで頷く。
「そ、それなら、青藍を、止めてください・・・!!」
恥ずかしさに震えながら叫ぶように言うと、あちらこちらからくすくすと笑い声が聞こえてきた。


「まぁいいじゃないか。一緒の時間が少なくて寂しいのは、お互い様だろう?」
咲夜に図星をつかれた深冬は赤い顔のまま沈黙する。
「青藍は忙しすぎて死神業にまで手を回せていないくらいだ。仕事中に顔を会わせることも出来ない。それではお互い寂しさや不安を抱えることくらいある。」


「青藍は、そういうことを全部解って深冬の顔を見に来たのだ。少しくらい許してやってくれ。あと少しすれば、青藍の方も落ち着くことだろう。」
ルキアは苦笑しながら深冬の頭を撫でた。
深冬はその言葉に頷いて、青藍が口付けていった指輪を撫でる。


「しかし・・・自分だけ口付けて帰っていくというのは、女心が解っていないな。」
「姉さまの言う通りです。自分だけ充電して帰るなど、酷い男ですね、青藍は。」
「それだけ余裕がないってことだろ。」
「その気持ちが解らなくもないけど、青藍君ったら、まだまだなのねぇ。」


「そういう苦情は、直接言ってやった方がいいぞ?青藍は時々鈍感を発揮するからな。何なら他の女の香りを纏わせたまま私に抱き着くな、と拗ねてやるといい。橙晴に仕事を押し付けてでも深冬との時間を作ることだろう。」
悪戯に言う咲夜に、深冬はくすくすと笑う。


「ふふ。そうしてみます。」
「よし。それじゃあ、仕事に戻るか。私たちはこれから十番隊と合同演習があるのだ。時間に遅れると冬獅郎が五月蠅いからな。早めに行くことにしよう。」
「そうですね。」


「浮竹隊長の補佐を頼むぞ、深冬。」
「今日は調子が良いようだけど、無理はさせないでね。」
「はい。皆さんもお気をつけて。」
「あぁ。・・・では行ってくる。あ、そうそう。さっきの青藍の深冬は僕のもの発言は本気だからな。何かあれば例外なく青藍が敵になると心得ておけよ。」


後ろ手を振りながら去っていく咲夜に深冬は苦笑を漏らす。
執務室を見渡せば、青藍が居ない間に入隊してきた隊士たちは表情を硬くしていた。
昔から青藍を知る者たちは、そんなのとっくの昔に知っている、とばかりに苦笑を漏らしていて、深冬は彼らに苦笑を向けてから仕事に戻るのだった。



2017.03.19
帰還後の青藍は、こうしてあちらこちらで深冬は自分のものだと主張していると思われます。
深冬が指導している青木君は、わざと抜けた男のふりをしていた確信犯という誰得な設定がありました。
それを瞬時に見破った青藍に睨まれて、内心で冷や冷やしていたことでしょう。


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