色彩
■ 氷解 前編

そいつを初めて見たのは、宴の席。
貴族の宴の警備を任された時のこと。
銀色の髪に、紅の瞳。
何かを諦めたような、人形のような無表情。
小さな体。
その姿が昔の自分に重なって。
何となく目についたのが、最初だった。


次に見たのは霊術院。
松本に引き摺られて渋々訪れた先に、そいつは居た。
外で実技の授業が行われて、皆が体を動かしている時、木陰に一人座り込んでいて。
何処かぼんやりとしているようで、どことなく調子が悪そうだった。
そこへ駆け寄ってきたのは睦月さんで。
そいつの額に手を当てた睦月さんは、慌てたようにそいつを抱えて行った。


「邪魔する。」
院生たちに質問攻めにされて、逃げるように医務室へと体を滑り込ませる。
俺が居たころと変わらない医務室に、小さく懐かしさが込み上げた。


「逃げてきたのですか?」
呆れたように掛けられる声もまた、昔と変わらず。
胡散臭い睦月さんを見るのは久しぶりだった。
ちらりと見れば、誰かが眠っているらしい。
だから敬語なのか、と内心で呟いて、遠慮なく空いているベッドに腰掛ける。


「まぁ、そうっすね。」
「隊長になっても変わりませんねぇ。」
呆れた声ではあるが、睦月さんの瞳は愉快そうに細められている。
どうやら暇を持て余していたらしい。
机の上が綺麗なところを見ると、仕事も片付いているのだろう。


なら、遠慮する必要もないな。
内心で呟いて、持ってきた菓子を睦月さんに投げる。
琥珀庵の白玉入り最中。
睦月さんがこれを好きなのは周知の事実。
霊術院に来る前、丁度燿が配達に来たので、一つ貰って来たのだ。
自分が医務室に逃げ込むことになるだろうと予想して。


「口止め料ですか?」
口止め料の甘味を受け取って、悪戯に微笑むのも昔から。
昔の口止め料が甘納豆だったことも懐かしい。
「まぁな。暫く匿ってくれると有難い。人に囲まれるのは好きじゃないもんで。」


「隊長の言葉とは思えませんね。まぁ、いいでしょう。お茶くらいしか出せませんが、ゆっくりして行ってください。」
睦月さんはそう言ってお茶を入れに行く。


この医務室の給湯室は、睦月さんと彼の先代の医師が改装したとかで、軽食を作ることも出来る。
咲夜さんとの稽古の後に何度か睦月さんの手料理をご馳走になったことを思い出して、小さく笑う。


そういえば、俺はこの場所が嫌いじゃなかったな。
睦月さんと、咲夜さんと、俺。
それから・・・草冠。
彼奴は毎日のようにこの場所でサボっている俺を迎えに来ていた。


「懐かしいな・・・。」
漏れた呟きに、内心苦笑する。
だが、そんな呟きが漏れてしまうほど、この場所は何も変わっていないのだ。


「ん・・・。」
自分以外の声が聞こえた気がして、慌てて息を潜める。
ちらりと隣のベッドを見れば、布団から覗いているのは銀色で。
「さっきの奴か・・・。」
自分以外の銀色を見るのは、珍しい。


「・・・あ・・・う・・・うぁ・・・。」
うめき声が漏れてきたために、顔を覗き込めば、熱が高いらしく顔は真っ赤で。
額に乗せられたタオルが温くなっていた。
タオルを取り換えようと手を伸ばせば、彼女の瞼がゆっくりと開かれる。
ぼんやりとこちらを見つめる瞳は、紅色。


「悪い。起こしたか。」
呟きを漏らすが、反応はない。
暫く様子を伺っていると、小さく唇が動く。
「・・・と、さま・・・。」
呟きと共に赤い瞳から涙が零れ落ちる。


父様。
彼女の呟きは、己の父へ向けられたもの。
これほどまでに弱っているのに、何故、彼女は霊術院で看病されているのだろうか。
貴族の姫なのだから、邸に帰って手厚い看病を受けるのが普通だろう。


それなのに睦月さんがわざわざ面倒を見ているのは、何か理由があるんだろうな・・・。
内心で呟いて、タオルを新しいものに替えてやる。
すると気持ちよさげに瞼が閉じられて、すぅ、と寝息が聞こえてきた。


「・・・病人の看病が出来るようになったとは、感心しました。」
後ろから聞こえてきたのは、この部屋の主の声。
楽しげな声の調子から、一部始終を見ていたに違いなかった。
「あんたは俺を何だと思ってんだよ・・・。」


「昔は、病人がうめき声を上げると僕を呼びに来たでしょう。タオルを替えるくらいなら、君でも出来たはずですが。ですが、君が手を伸ばすことはなかった。嬉しい成長です。」
「・・・うるせ。」


「口が悪いのは相変わらずですねぇ。まぁ、僕は気にしませんが。・・・どうぞ。粗茶ですが。」
「あぁ。」


湯呑を受け取って、茶を啜る。
お茶の味が昔と変わっていないのは、睦月さんの好みなのだろう。
確かに、苦みの少ないこのお茶は何度呑んでも美味い。



2017.02.28
青藍と深冬が出会う前のお話をです。
後編に続きます。


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