色彩
■ 悪夢

花々が咲き誇り、鮮やかだった庭が、色彩を失っていく。
まるで、命を吸い取られでもしているように。
これは、過去の風景か・・・?
首を傾げて見回せば、見慣れた朽木家の庭だということに気付く。


ふと気配を感じて辺りを見回せば、その庭の中心に立っている、己の息子。
未だ幼い息子の首には、首輪。
その首輪から繋がる、鎖。
それを見て、一気に心が冷えた。


「青藍・・・?」
名を呼べばこちらを向く息子の顔に表情はない。
顔がこちらを向いているだけで、その瞳は、本当に自分を捉えているのか解らないほどに暗い。


鎖を、断ち切らなければ。
早くここから連れ出さなければ。
そう思って、息子を繋ぐ鎖に手を伸ばす。
持ち上げた鎖は重く、簡単に切れそうもない。
鎖の先がどこへ繋がっているのかも解らない。


手元には斬魄刀もなく、白刃も黒刃も千本桜も呼び掛けには答えない。
鬼道も、使えない。
この感覚は、ただの夢とは、違うような・・・。
どこか冷静に思うも、鎖を切ろうと動く手は止まらない。


何度も何度も鎖を引っ張って、皮膚が赤くなる。
それでもやはり止まらなくて、擦れた皮膚は血を流し始める。
痛い、痛い、痛い・・・。
けれど、早く、早くここから逃げ出さなければ。
血に染まった指先。
白黒の世界で、その血の赤だけが、鮮明だった。


ふ、と頭上が明るくなった気がして空を見上げる。
見えたのは自分の何倍も大きな人影。
こちらを覗き込むように近づいきて、見えた顔に悪寒が奔る。
右半分は、漣の祖母の顔。
左半分は、青藍を攫った鬼狼八房の顔。


にい、と不気味に笑ったその顔。
真っ直ぐに伸びてくる闇に染まった巨大な手。
良く見れば、青藍の鎖はその手に繋がっている。
青藍を抱え上げて逃げようとするが、やはり鎖は切れなくて。


「無駄だ。お前のせいで、この子どもは苦しむのだ。」
「お前が幸せになったせいで、この子どもは苦しみを与えられる。」
嘲るような声。
それと同時にぐい、と鎖が引っ張られて、青藍が腕の中から引き摺り出される。


宙吊りになった幼い体。
その体に巻きつく長い鎖。
その鎖が青藍の体を締め上げていく。
痛みと苦しみに喘ぐ己の息子。
助け出そうにも、斬魄刀も、鬼道も、瞬歩すら使えない。


「やめろ・・・。やめてくれ・・・。」
がたがたと震える己の体。
流れ始める涙。
ふ、と青藍の体から力が抜けて、その瞳から血の涙が零れ落ちる。


「お前が生まれたせいだ。」
「お前のせいで、この子どもは死ぬのだ。」
楽しげな二つの声。
「「次は、お前だ。」」
気が付けば、己の両手首には枷が嵌められていた。


「・・・い、いやぁぁぁ!!!」
動かぬ息子。
自由を奪われた体。
それに伴って思い出す己の過去。


ゴロゴロ・・・ガッシャーン!!
恐怖に意識が遠のきそうになった瞬間、天から光が落ちてくる。
眩い光を放つそれは、雷。
その雷が、楽しげに笑っていた巨大な影を切り裂いた。


「・・・剣の巫女よ、済まぬ。主の精神世界で話そうとしたのだが、それに釣られて巫女殿の記憶まで呼び覚ましてしまったようだ。」
聞こえてきたその声に、この夢が他人の精神世界とつながっていることに気付く。
雷に、この声は・・・。


「なる、かみ・・・?」
「そうだ。遠すぎる故、形を保つことが出来ない。・・・時間がない。用件だけ伝える。巫女殿。主が遠征に赴いて間もなく三年。主の心が、色を失い始めている。」
溢れる光のどこからか聞こえてくる声には、焦燥が含まれている。


「青藍、が・・・?」
「急いでくれ。我は主を失いたくはない。・・・これ以上は無理か。主の世界と貴女の悪夢を切り離す。主を・・頼む・・・巫女、よ・・・。」
遠くなっていく声に答える前に、弾けた光に呑みこまれた。


「・・・きろ。起きろ、咲夜。」
体を大きく揺さぶられて目を開ければ、そこには布団から半身を起こしてこちらを覗き込む白哉の顔。
見慣れた天井に描かれた模様が、白哉の部屋であることを示している。


「びゃ、くや・・・。」
名前を呼べば、安堵したように抱きしめられる。
「酷く魘されていたぞ・・・。」
伝わる温もりに、涙が溢れた。


「びゃくや・・・。びゃくや・・・。」
その胸に縋りついて、何度も彼の名前を呼ぶ。
「なんだ、咲夜。」
「びゃ、くや・・・。」
泣きながら名を呼ぶ私の背中を、白哉はあやすように撫でる。


「何を見た。」
「・・・せ、青藍が、青藍が、目の前で・・・。漣のお婆様と、鬼狼八房が、幼い青藍を、鎖で・・・。どうしよう、白哉。青藍の精神世界は、朽木家の庭で、でも色が・・・色が、消えていく・・・。」
あの色褪せた世界は、かつての私が見ていた世界だ。
青藍の精神状態が悪いことは確かだった。


「青藍の精神世界と、私の、悪夢が、結びついて・・・恐ろしい光景だった・・・。鳴神が、それを断ち切ってくれたが、青藍の心から、色が失われ始めていると、言っていた・・・。私の、せいだ・・・。どうしよう。私はどうしたらいい?青藍は、戻ってくるよな・・・?間に合わなかったら、どうしよう・・・。」


「落ち着け、咲夜。」
腕を緩めた白哉は、私に視線を合わせる。
「そなたのせいではない。青藍は、自ら遠征隊に赴くことを選択したのだ。」
「でも、それは、私が・・・私が、漣の巫女だからだ・・・。私の息子だから、青藍は縛られて、苦しんでいる・・・。鎖が、どうやっても切れないんだ。幼い青藍を繋ぐ鎖が。」


「私を見ろ、咲夜。」
両頬を包まれて、俯いた顔を上げさせられた。
「現実の青藍は、鎖に繋がれてなどいない。そなたの祖母も、鬼狼八房も、青藍の傍には居ない。青藍を繋いでいた鎖は、この私が断ち切った。違うか、咲夜。」
真摯な瞳が真っ直ぐにこちらを見つめている。


「青藍は、何があろうと、ここに帰ってくる。斬魄刀たちが居る精神世界は、その主の精神状態と深く関わっている。青藍の精神世界が朽木家であるというのなら、青藍は帰る場所を忘れてはいない。・・・青藍は、必ず帰ってくる。私たちがそれを信じなくてどうするというのだ。」


「でも、鳴神が助けを求めてくるほどに、青藍は・・・。」
世界が色褪せていく光景を思い出して、息苦しくなる。
もし、青藍が、あの光景を見ているのだとしたら。
それに一人で耐えているのだとしたら。
考えるだけで、胸が張り裂けそうだった。


「案ずるな、咲夜。青藍からの定期的な報告は途絶えていない。青藍は生きている。そして、青藍は何があっても挫けぬ。何があろうと、光を見失わぬ。あれは、そうやって、何度も試練を乗り越えてきただろう。」
「うん・・・。」


「青藍は、この場所に帰るために、戦っている。」
「でも・・・。」
「安心しろ。青藍が色彩を失っていても、その傷は必ず癒えよう。そなたがそうだったように。もちろん、そうなる前に帰還させることが前提だが。」
諭されるように言われた言葉が、揺らいでいる心に静寂をもたらしていく。


「鳴神が知らせるほどだ。青藍の精神には、傷が増えつつあるのだろう。青藍の限界が近づきつつあるのだろう。ならば、私たちが最優先すべきことは、青藍を出来るだけ早く帰還させることだ。」
「うん。」


「青藍を信じるのだ、咲夜。青藍が私たちを信頼してくれているように。私たちは、その信頼に応えねばならぬ。過去に呑まれている場合ではないぞ。」
「ん。そうだな。」
頷きを返せば、涙を拭われる。


「解ったなら眠れ。私が傍に居るのだ。悪夢など恐れるに足りぬ。」
包み込むように抱きしめられれば、微睡がやってきた。
「ふふ。うん。おやすみ、白哉。ありがとう・・・。」
温かな腕の中はびっくりするほど安心できて、あっという間に眠りに落ちたのだった。



2017.02.24
青藍が遠征中のお話。
悪夢に魘された咲夜さんの不安を白哉さんが払拭する話、というリクエストがあったのですが、リクエストに添えましたでしょうか。
焦燥と恐怖が混ざって混乱する咲夜さんとそれを宥める白哉さん。
青藍死亡の書簡が四十六室から届く辺りの出来事だと思われます。


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