色彩
■ ワカメ三席

今すぐここから帰りてぇ・・・。
赤髪の上司の気配は、そう語っている。
まぁ、僕も、帰りたい。
本当に、四十六室からの呼び出しなんて碌なことがないんだから。
橙晴は内心で呟く。


六番隊隊長朽木白哉、同じく副隊長阿散井恋次、及び第五席朽木橙晴の召集を命じる。
四十六室からそんな書簡が届いたのは、今朝のこと。
急いで三人揃って地下議事堂を訪れてみれば、準備が整っておらぬ、と待たされること数刻。


準備が整った、と議事堂に通されれば、待たせたことに対する詫びもなく、飛んで来るのは嫌味ばかり。
わざとこちらを待たせたことは明白だった。


ちらりと見たナユラ殿はその額に青筋を浮かべていて。
まぁ、それは、何度も本題に入らせようとしているのにそれを悉くスルーされているからなのだが。
やはり、彼女は未だ劣勢らしい。


・・・お腹空いたなぁ。
既に昼休みも終わっている。
呼び出したくせに待たされて、父上の機嫌が非常に悪い。
そんな父上に顔を青くしている恋次さんは戦力外だ。
僕だって、父上がこれ以上怒れば戦力外。
つまり、四十六室が父上の怒りの琴線に触れないことを祈るしかないのだった。


「・・・・・・いい加減、本題に入って頂きたい。」
静かすぎる声。
ちらと見上げた父の顔は、恐ろしく無表情で。
それを見た四十六室の者たちは、波が引くように口を閉じた。


これは相当腹を立てているなぁ・・・。
静かに怒りを顕わにする己の父の視界に入らぬよう、橙晴はそれとなく一歩後ろに下がる。
恋次も一歩下がっていることに気付いて、橙晴は内心苦笑した。


「・・・ごほん。此度の六番隊第三席の任命について説明を求める。」
やはり、そのことについてか・・・。
橙晴は頭を抱えたくなる。
僕ら三人が呼ばれたことからして、兄様の捜索の話でないことは解っていたが・・・。


「新しき六番隊第三席がワカメ大使とは、一体何なのだ!?」
大真面目に問われて、橙晴は遠い目をする。
・・・正直、僕もこの決定には目を回しそうになった。
まぁ、父上の言い分も解るし、兄様のためにも反対はしないけれど。
というよりむしろ、その発想を実現する父上を尊敬するけれど。


青藍兄様が遠征隊に向かってから、空いた三席の座を埋めろ、と圧力をかけてきた四十六室に応える形で父上が任命したのは、まさかのワカメ大使。
流石の四十六室も、この人選(と言っていいのかは謎)に混乱があるらしい。
大混乱の末の今朝の書簡であることを想像して、橙晴は笑いを噛み殺した。


「仰るとおり、新しき六番隊第三席だが?」
しれっと答えた父上に、四十六室は絶句したらしい。
沈黙があって、恐る恐る声を上げたのは、ナユラ殿だった。


「一応確認するが、ワカメ大使というのは、白哉殿が考案したキャラクターということで合っているか・・・?」
「あぁ。」
「それはつまり、ワカメ大使は死神でないどころか、生命体ですらない、ということだな・・・?」


「この私が命を吹き込み、六番隊の隊士名簿にもその名は記載されている。彼を三席に据えることに何の問題があるというのだ。」
これは、突っ込んだ方がいいのか、橙晴殿・・・。
そんな視線をナユラに向けられて、橙晴は小さく苦笑する。


父上の狡い所は、これが天然なのか計算なのか解らないことだ。
僕でさえ戸惑うのだから、四十六室が戸惑うのは当たり前だ。
これを聞いて笑うことができるのは、母上と十四郎さん、春水さんくらいだろう。
あと、烈先生もかな・・・。
実際、この話を聞いた母上と春水さんは爆笑し、十四郎さんと烈先生はその体を震わせていた。


「当然ながら、実力の方も三席として申し分ありません。隊長格の霊圧にも屈することはございませんし、有事の際は結界を張り、隊士たちの盾となることも可能です。知能が必要であるというのならば、技術開発局の開発した人工知能を搭載することも可能となっております。」
説明する気のない父に代わって、橙晴はナユラの視線に応える。


「さらに言えば、そこに居るだけで六番隊の雰囲気を柔らかいものにし、触れればそのさわり心地が隊士たちの疲れを癒します。その上余計な心配をかけることもしないのですから、元六番隊第三席朽木青藍より余程三席に相応しいでしょう。」
にこり、と笑みを見せれば向けられる、呆れた視線。


それでいいのか、橙晴殿・・・。
というか、青藍殿の扱いが酷いぞ・・・。
ナユラ殿の視線がそう語っているが、それを微笑みで黙殺する。
遠い目をしている恋次さんは、口を挟む気は毛頭ないらしい。


「そんな馬鹿げた話があるか!」
「それで我らが納得するとでも思っているのか!」
「我らをからかうな!侮辱ととるぞ!」
「我らは認めぬぞ!」


次々と上がる声に、父上の気配が変わる。
怒りとは違う、王者の風格。
その覇気に呑みこまれそうになったのは、僕だけではないだろう。
父上が全てを支配していく。
その姿は、何度見ても偉大さを感じずにはいられない。


「・・・席官の任命権は隊長にある。そして、私は六番隊の隊長だ。つまり、六番隊の席官の任命権は私にあり、私が誰を席官にしようと私の裁量の範囲内だ。兄らが口を挟むべきことではない。兄らとて、そのような「些末な」ことに口を出している暇はなかろう。ただの三席如きに、一体、何をそんなに執着するというのだ?四十六室がただの三席を恐れる訳でもあるまい?」


しん、と静まり返った四十六室。
今この場の支配権を持っているのは、父上。
父上の重い一撃が、綺麗に決まった瞬間だった。


そんなに暇か。
それともただの三席を畏れるほどに脆弱で矮小な存在だというのか、この四十六室は。
言外に含まれる彼らへの嫌味。
その言葉に反論すれば、それを認めることになる。
故に、声を上げる者は誰一人いなかった。


「・・・反論はないようだな。ならばこれで失礼させて貰う。」
父上はそう言い捨てて、固まっている四十六室を一瞥すると踵を返す。
順に視線を送られた恋次と橙晴は、思わず背筋を正した。


「朝から何の指示も出せていない。隊士たちが困惑していることだろう。帰るぞ、恋次。橙晴。」
そう言って返事を待たずに出て行く父上が、己の父であること、そして、己の隊長であることが誇らしい。
ちらりと恋次さんを見れば目が合って、小さく口角が上がる。


「「はい、朽木隊長!」」
二人の声が議事堂に響き渡って、四十六室は彼らを引き留めようとするも、あっという間に彼らの気配は遠退いて。
朽木白哉恐るべし、と一同は溜め息を吐く。


その後も反対の声は上がったものの、彼らが他の仕事・・・そこには朽木青藍の暗殺計画も含まれているのだが・・・に追われていることは確かで。
朽木家に近しい者が新しく席次を得るよりはましか、という方向に話は流れていく。
結局、ワカメ大使が六番隊第三席となることを黙認することになった。


半刻ほど後。
「・・・やはり、普通の死覇装を着せることは出来ぬか。」
「そのようだな。着物屋を呼んで採寸させよう。死覇装だけでなく、着物も仕立てて貰うか。いつも同じではつまらないからな。」
「そうだな。」


「・・・なぁ、橙晴。」
「何ですか、恋次さん。」
「いいのか、あれ・・・。」
「いいんじゃないですか?」


橙晴と恋次の視線の先には、何やら真剣に死覇装を選んでいる白哉と咲夜の姿。
呼ばれてやって来た着物屋は、仕立てる着物がワカメ大使のものであることに突っ込むこともしない。
代々贔屓にしている着物屋だけあって、こういう無茶ぶりにも慣れているのだろう。
もちろん、六番隊の隊士たちがそれに突っ込めるはずもなく。


「着物に合わせてハチマキも頼む。それから・・・羽織紐はもう少し太いものを。」
「足袋と草履も合わせてやってくれ。帯は・・・そうだな。この模様でこの色がいい。」
「畏まりました。」
次々と出される要望を、着物屋が帳簿に書きつけていく。


・・・この何だか奇妙な光景の中に居る父上と、先ほどの父上が同一人物だというのだから、世の中は不思議で溢れているなぁ。
兄様の二面性は父上似なのかもしれない。
橙晴はそう思って、苦笑を漏らすのだった。



2017.02.20
青藍不在の間、ワカメ大使が三席を務めることになるまでの経緯でした。
リクエストにお応えできているでしょうか。
イメージと違っていたらすみません。
書き始めたら楽しくなって自由に書いてしまいました・・・。
天然なのか計算なのか解らない白哉さんに突っ込むことが出来るのは一護くらいですかね・・・?
一護が突っ込めばルキアが彼を引っ叩くのでしょうけど。
時間の流れ的に「色彩」に一護を出すことが出来なくて残念です。


[ prev / next ]
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -