色彩
■ 40.平凡な幸せ

「青藍・・・?」
目を丸くした深冬の掌が、肩に乗せられるのが解った。
『ど、どうしよう、深冬・・・。』
ぽろぽろと零れ落ちる涙が、次から次へと着物を濡らす。


「どうしたのだ?」
『涙腺が、言うことを聞いてくれない・・・。僕、こんなに泣き虫じゃないのに。』
困り切った様子の青藍に、皆が噴き出すように笑った。


『わ、笑わないでください・・・。』
「はは。すまんな。」
「泣き方、変わらないねぇ、青藍。」
『もうやだ。かっこわるい・・・。』
掌で顔を覆っても、やっぱり涙は止まらなくて。


「兄様は素面でも泣くんですねぇ。」
「そのようね。」
「これで泣き虫じゃないなんて言い張るのは無理があると思うわよ?」
橙晴と茶羅と雪乃の呆れた声に顔を上げても、涙で滲んで碌に見えなくて。


「この二、三日で泣きすぎだろ、お前。」
「何言ってんだよ。此奴は昔から泣き虫なんだよ。」
「ふふ。そうでしたね。青藍は昔から泣き虫でした。」
楽しげな師走と睦月と烈先生の言葉に反論する余裕もなくて。


「どうやら泣き虫は治らぬらしい。」
「あはは。そのようだな。昨日は良いところまで我慢していたんだがなぁ。」
「気が緩んで、涙腺も緩んだのでしょう。」
父上の声も、母上の声も、ルキア姉さまの声も、皆の声が、すぐ近くにあって。


僕は、こんな幸せの中で生きていたのか。
そしてこれからも、この幸せの中で生きることが出来るのか。
皆が居る、この場所で。
大切な人のすぐ傍で。


「青藍。泣きたいときは、泣いていい。私にそう教えてくれたのは、青藍だ。」
その言葉と共に与えられる温もりは、ずっと求めていたもので。
もう二度と離さないと誓った温もりで。
手を伸ばせば、それに応えるように指が絡められて。


『・・・・・・よかった。帰って来ることが出来て、本当に、良かった。』
「私たち全員が味方についているのだから、そのくらい朝飯前なのだ。」
何処か自慢げな深冬の言葉に皆が笑う。
でも、本当にその通りだと思った。


『うん。そうだね、深冬。ありがとう。』
「解ったなら、ご飯を食べるのだ。青藍にはまだ、体調を元に戻す、という重要な使命が残っている!」


『ふふ。うん。頑張るよ。』
青藍はくすくすと笑って、涙を拭う。
席に着かされ、箸を持たされて料理を口に運べば、その美味しさに再び涙が零れ落ちて、再び皆に笑われた。


毎日が青空とはいかないけれど。
雨の日も、雪の日も、嵐の日もあるけれど。
幸せばかりじゃないけれど。
苦しさも、孤独も、痛みも伴うけれど。


何物にも代え難いこの幸福がこの掌の中にあるのならば、何一つ怖くない。
何一つ、恐れることなどない。
どんなことがあっても、希望を見失うことはない。
開けない夜もやっては来ない。


人生を振り返った時、僕は胸を張って叫ぶだろう。
まだまだ問題は山積みで、何一つ解決していなくても。
それでも心から叫ぶだろう。
幸せだ、と。


この一週間ほど後、橙晴と雪乃の子が無事に誕生する。
姉の蒼海と弟の蒼星。
青藍が名付けた彼らは朝比奈の姓を名乗ることになったが、彼らの祖父母は初孫である二人を大層可愛がり、その溺愛ぶりが瀞霊廷に轟くのはあっという間だった。


双子に遅れること数年、青藍と深冬の間に男の子が誕生する。
十五夜の予言通り、藍色の瞳と紅色の瞳を持って。
彼らの大切な人を愛した二人の女性から一字ずつ取って付けられたその名は、緋央。
彼もまた、父の背中を追い、祖父の背中を追う。


緋央が生まれてから十数年後には、白凛と名付けられる姫が生まれる。
さらに数年後、十五夜と彼に嫁いだ斎之宮家の姫(穂高の娘)との間に新しき命が育まれ、無事に生まれたその子どもは千夜と名付けられた。
後に、息子の居ない穂高の後継ぎとして瀞霊廷に戻された千夜だったが、初対面で白凛に結婚を申し込んで皆を驚愕させる。


彼女の未来を思って皆が頭を抱えるが、そこは両親に似たのか、それとも祖父母に似たのか。
彼女の直感が千夜を受け入れたらしく、あっさりとその申し出を受け入れて、青藍は目を回しそうになった。


何とか他の相手を選んでくれるように皆(主に青藍と白哉と安曇)が画策するのだが、十五夜に似たらしい千夜が彼らの妨害を悉く躱す。
結局彼の元へと嫁ぐことになって、青藍は再び頭を抱えることになる。
ただ一人、十五夜だけが楽しげにその様子を見守った。


その他にも友人たちの結婚、妊娠、出産が続き、朽木家の周りはいよいよ騒がしい。
兎にも角にも彼らは、その騒がしさと引き換えに平凡な幸せを手に入れる。
四十六室との決着が着くのはまだまだ先のことだったけれども。


困難なことばかりで、青藍は毎日頭を悩ませるのだけれど、一緒に頭を抱えてくれる仲間が大勢居て。
何より、愛する人が傍に居る。
困難の多い道ではあるが、その幸せが青藍の原動力となり、彼を色彩豊かな未来へと歩ませるのだった。



2017.02.13 帰還編 完

これにて『色彩』の本編は完結です。
彼らの未来はまだまだ続くのですが、書きたいことがありすぎて話が纏まらなくなりそうなので。
そちらは気が向いた時に番外編として書こうと思います。

『蒼の瞳、紅の瞳』、そして、『色彩』。
帰還編で始まって、帰還編で終わったことに、自分でも驚きです。
事情は違えど、咲夜さんも青藍も無事に帰って来てくれて本当に安心しました。

長い長いお話であったにも関わらず、多くの方に声援を頂き、無事に完結を迎えることが出来ました。
このお話に目を通してくださった全ての方々に感謝申し上げます。
shirayuki


[ prev / next ]
top
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -