色彩
■ 37.婚約の木札


「流石、用意が良いな。」
感心しているルキアに、燿は笑う。
「こう見えて俺、商売人なもんで。」
「なるほどな。」
「ルキアさんには白玉入り最中があるよ。」
「いつも済まない。」


「お安いご用です。本当は青藍にも苺大福があるのだけれど、あの様子では渡せないし。」
苦笑した燿に、ルキアも苦笑を返す。
「気が抜けたのだろう。後で琥珀庵に顔を出すように言っておく。」
「そうしてくれると助かるよ。父も母も心配していたからね。」


「しかしまぁ、兄様、完全に緊張の糸が切れましたね。」
「青藍兄様がこれほど人前で涙を流すなんて珍しいわ。明日の朝、目が覚めたら自分の失態を思い出して穴に入りたくなるのでしょうね。」
それを想像して、皆がくすくすと笑った。


「まぁ、でも、あの青藍は可愛いわよね。」
「そうですね。可愛かったです。昔の青藍君を思い出します。」
「睦月お母さんに甘える青藍、だったな。」
「・・・誰が睦月お母さんだっての。」
後ろから聞こえてきた声に、乱菊は目を丸くする。


「あら、睦月。早いわね。」
「部屋に行く前に、使用人たちに持って行かれた。全く、朽木家の使用人は世話好きが多いな。」
言いながら睦月はルキアの隣に腰を落ち着けた。


「馬鹿な子ほど可愛いのよ。」
「そうそう。兄様、馬鹿だから。」
「朽木家の使用人は、青藍贔屓で咲夜さん贔屓よね。」
「「母上も馬鹿だもの。」」


「お前ら、それ、白哉さんの前でいうなよ。・・・で、師走。」
睦月は呆れたように言って、師走を見る。
「何だよ?」


「お前にご褒美な。」
言って睦月は自分の懐から木札のようなものを取り出す。
そこには、睦月と弥生の名が彫られてあった。
「お前、それ・・・。」
それを見て、師走は目を丸くする。


「これは、俺と弥生の婚約の証だ。」
「婆さんから貰ったのか?」
「あの婆様がくれるものか。婆様出し抜いて奪い取って来たんだっての。」


「まじで?」
睦月の言葉に、師走はポカンとしながらそう零す。
「まじで。」
「お前、何したんだよ・・・。」


「お前なんかに教えてやるか。・・・で、それはいい。よく見てろよ、師走。」
「あ、あぁ・・・。」
睦月はその木札を地面において、自分の名前の部分に人差し指と中指を当てる。


「睦月の名の元にこの銘を取り消し、睦月の名の元に新たに師走を銘じる。」
呟くように言うと、睦月の名が消えて、師走の文字が浮かび上がってきた。
皆は唖然とそれを見つめる。


「これでいいだろう。・・・ほらよ、師走。」
睦月はそう言って木札を師走に投げる。
師走はそれを受け取ってまじまじと眺めた。
「え、まじで?」
それから問うように睦月を見つめる。


「半端者のお前に、生粋の弥生をくれてやる。「睦月」がそれを許す。・・・好きにしろ。」
「お前、狡くね?」
「何が?」


「だって、こんなこと、四季婆さんしか出来ないんじゃねぇの・・・?」
「俺は、先々代にも可愛がられたんでな。」
「・・・曾爺さん?」
師走は恐る恐る問う。


「そうだ。あの爺さん、化け物だな。俺の夢に出てきやがって・・・。」
睦月は忌々しげに言う。
「は?まだ生きてんの?」


「一応な。婆様が何とか生かしているそうだ。で、俺の所に意識だけ飛ばしてきやがった。そんで、色々と教えて帰って行った。この札の扱いと婆様の出し抜き方もその時に教えられた。」
「・・・まじかよ。そういうことかよ。」


「理解できたか?」
「あぁ・・・。死にかけでも化け物なんだな・・・。」
「仕方ないだろ。あと、伝言。」
「俺?」
師走は首を傾げる。


「お前たちの居場所は今居る所。迷うなど阿呆のすることだ、と。」
「爺さん、何者なんだよ・・・。自分では動けないんだよな?」
「意識を飛ばして野山を駈け、人ごみに紛れ、その辺に居ることもあるらしい。お前の言動も把握済み。そんで・・・。」


「まだ何かあんのか・・・?」
師走は恐ろしげに睦月を見る。
「爺さんの来世はお前らの子どもだとさ。」
「・・・。」
睦月の言葉に、師走は唖然とする。


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