色彩
■ 28.飴担当

「・・・その通りにございます、青藍様。」
突然後ろから聞こえた声に、青藍と佐奈はびくりとしながら振り向く。
『せ、清家・・・。』
その姿に、青藍は苦笑した。


「お帰りなさいませ、青藍様。ご無事で何よりにございます。」
『ただいま、清家。何か、変わったことはなかったかい?』
「変わったもなにも、橙晴様が全て円滑にこなしてくださいました。青藍様以上によくお働きになる・・・。」
『そう。』


「ですが、橙晴様では、家臣一同物足りません。白哉様と同じく、全てお一人で熟されてしまい、我らの手など必要ないのです。青藍様のようにお世話をしなければならない方が、我らは嬉しゅうございます。馬鹿な子ほどかわいいと言いましょうか・・・。」
『あはは。それは、ごめんね。やっぱり、橙晴の方が当主に向いているようだ。』


「笑っている場合ではございません。」
笑う青藍に、清家はぴしゃりという。
「これからまたお忙しくなります。まずは、皆様にお礼をせねばなりませんからね。暫く、皆様に取り囲まれることでしょう。あれこれ事情を聞かれるやもしれません。」
『うん。覚悟しておくよ。』


「・・・全く、この老骨に、これ以上心配を掛けさせないでください。この老いぼれより先に逝くことは許しませんよ。」
叱るように言われて、青藍は笑う。


『うん。心配をかけてごめんね。ありがとう、清家。』
「礼には及びませぬ。・・・さて、お客人がお待ちです。それも大勢。」
『うん。すぐに行くよ。』


「・・・お、来た来た。」
「漸く主役のお出ましだね。」
『十四郎殿。春水殿。・・・賑やかですねぇ。』
青藍が朽木家の庭に出ると、そこは人で溢れかえっていた。
皆の表情が明るいことに、青藍は笑みを零す。


「お前が帰ってきたからな。俺たちがどれだけそれを待っていたか。」
「そうそう。本当に待ち遠しかったんだよ、青藍。」
『はい。僕も、ここに帰って来る日が待ち遠しかった。』


「もう、勝手にどこかに行っちゃ駄目だよ、青藍。」
「そうだぞ。お前はもっと俺たちに甘えろ。漣もそう言っていただろう?」
京楽と浮竹に言われて、青藍は少し泣きそうになる。
『・・・はい。ごめんなさい、春水殿。十四郎殿。』
ぺこりと頭を下げた青藍に、二人は苦笑を漏らす。


「・・・なぁ、京楽。」
「んー?」
「俺は睦月や師走のように、許さない、なんて言うことが出来ない。」
「あはは。いいんじゃないの、それで。飴と鞭は両方必要だからね。僕らは飴担当ってことで。」
「そうだな。」
京楽の言葉に納得したように頷いた浮竹は、青藍をひたと見つめる。


「・・・青藍。俺は、お前が帰って来ただけでいい。それだけで、一人ですべて決めてしまったことも、勝手に出て行ったことも、許すぞ。」
『十四郎殿・・・。』


「僕も許すよ。咲ちゃんよりは帰りが早かったし、とりあえず生きていることだけは解っていたし。」
「はは。確かにそうだな。」
笑う二人を見て、青藍は覚悟を決める。


『・・・十四郎殿。春水殿。』
二人を見つめる青藍の瞳は、力強い。
その瞳に、彼もまた成長したのだ、と二人は思う。
「なんだい?」
「どうした?」


『僕・・・いや、私は、朽木家当主です。朽木家の血を、繋がなければなりません。』
「そうだね。」
『もし・・・もし、私と妻との間に子が出来たら、私を見守ってくださったように、その子を見守ってくださいますか。』


青藍の言葉に、二人は目を見開く。
これまで、青藍がその話を避けていたことに気付いていたからだ。
だから二人は、気長に待てばいいと、二人からその話をすることもなかった。
周囲から子どもの話を振られるたびに微かに翳る彼の瞳に気付いてしまえば、尚更だった。


『・・・こういう話をするのは、ずっと避けてきました。それは、私の立場が不安定で、いつ、どんなことが私に起こるか解らなかったからです。生きて帰ることが出来るかどうかわからないようなことがこの先あるかもしれないと思うと、子を成すことは、難しかった。・・・それを妻に言うことは出来なかったけれど。』


その言葉に、二人は理解する。
愛する人との間に子を成したい。
彼はそんな当たり前の望みすら、口に出来なかったのだ。
あれ程妻を愛し、妻に愛されているにも関わらず。
その苦悩を思って、二人は呻き声を上げそうになる。


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