■ 22.十五夜の覚悟
「・・・十五夜様は、妻を娶られます。それも、四十六室に連なる姫を。」
皆が響鬼の言葉に目を丸くして、十五夜に視線を向ける。
彼は苦笑を漏らして、殺気が途切れた刃からするりと逃れた。
「響鬼。それを代償と言ってしまったら、僕の妻となる姫が可哀そうだよ。僕はそれを自分で決めたけれど、相手からすれば決して望まれた婚姻ではないだろう。これは僕の我が儘だ。」
「大叔父様?一体、どういう・・・?」
咲夜の問いには答えずに、十五夜は四十六室の者たちを見る。
「一つ、取引をしようじゃないか。」
ぽかんとしている様子の四十六室に、十五夜は悪戯に言う。
「取引・・・?」
「それに、四十六室に連なる姫を娶る、とは・・・?」
「そのままの意味さ。この漣十五夜は、四十六室に連なる家の姫を妻とする。公平な機会を与えるために、今後、最初に生まれた姫を選ぼう。もちろん、それが嫌ならば、この話から降りてもらって構わない。だが、僕とその姫との間に生まれた子が欲しいと言うのならば、しかるべき教育を施した後、こちらの世界に住まわせよう。」
それはつまり。
十五夜に姫を差し出せば、四十六室は、霊王宮筆頭家臣の、そして、漣家の血を得られるということ。
彼との間に儲けられた子は、生まれながらに朽木青藍と同じかそれ以上の価値を持っている。
十五夜は、それを解った上で、己の子を渡すと言っているのだ。
恐らく、朽木青藍のために。
彼自身の意思で。
十五夜の覚悟を感じて、四十六室は絶句する。
「それから、当然のこととして、僕が妻として迎えるのは、その姫ただ一人。・・・どうかな?君たちにとっても、君たちの家にとっても、悪い話ではないと思うが。」
しん、とその場に沈黙が落ちる。
一瞬の後、全てを理解して口を開いたのは、青藍だった。
『・・・だ、駄目です!十五夜様がそんなことをなさってはいけません!』
「どうして?」
そう問うた瞳は、酷く穏やかで。
青藍は気圧されそうになる。
『だって、それでは、十五夜様も、十五夜様に嫁ぐ姫も、二人の間に生まれるであろう子どもも、皆が、縛られます。』
「君の立場よりは、よっぽど楽さ。僕の妻となる人は、僕を詰るだろうけれど。」
『でも・・・。』
「では、青藍。君が四十六室の姫を娶るかい?」
『それは・・・出来ません。娶ったとしても、僕は、四十六室に、何の利益も与えられない・・・。』
「そうだね。君が女性として触れられるのは、深冬だけだ。だから、彼女以外の女性との間に子を成すことなど、君には出来ない。心情的にも、君はそれを許さないだろう。」
『でも、だからって、そんな、身代わりみたいに・・・。』
「青藍。窮鼠猫を噛む、だよ。奪うばかりでは、成せないこともある。事実、君と深冬の愛がどれほどのものであっても、四十六室は納得していない。君ばかりが大きな力を持っていると思っている。」
『そんな・・・。僕には、何の力もないのに・・・。』
「そうだとしても、彼等は君が恐ろしい。」
このまま四十六室と対立していれば、再び青藍を遠征に向かわせようという力が働くかもしれない。
彼の幸せを壊すような手段を取るかもしれない。
・・・そんなことはさせない。
二度と。
十五夜は内心で呟く。
「だから、与えるのだ。霊王宮筆頭家臣であり、漣家に生まれた僕ならば、四十六室も文句は言うまい。いや、これで、文句を言うという思考さえ、彼等から奪うのだ。解るだろう、朽木青藍。我らの使命は世界の安寧。その安寧を守るためならば、我らはどんな手段を使うことも厭わない。」
これが、霊王宮筆頭家臣。
これが、漣十五夜という男。
そしてこれが、彼の進むべき道。
覚悟を示されて、青藍は背筋が震える思いだった。
この人は、己の役割を背負って、尚且つ、僕の重荷を引き受けようとしてくれている。
それが愛情でなくて、何だと言うのだろう。
あぁ、愛されているのだ、僕は。
これまで、愛し子、という己を疑っていたが、僕は、疑う余地もないくらいに、愛し子なのだ。
「何故、そこまで・・・。」
そんな呟きを零したのは、白哉である。
「・・・見捨てたからさ。」
「見捨てた?」
「そう。僕はね、これまでたくさんの人を見捨ててきた。自分の姉と、咲夜の両親と、咲夜と、それから、青藍。彼らが失われていくのを、僕はただ見ているだけだった。それが世界の理ならば仕方がない、ってね。」
十五夜は自嘲する。
「君たちがどれほど必死に動いていたか知っていながら、僕は、諦めたんだ。世界が壊れるのならば、僕自身も消えることだろう。それならば、痛みも、悲しみも、苦しみも、寂しさも感じることはない。だから、諦めた。何も出来ないならば、何もしなくてもいいじゃないか、って。」
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