色彩
■ 16.おにぎり

「・・・それは、私の口からご説明いたしましょう。」
「君は、草薙睦月と言ったね?」
「えぇ。」


『睦月。私は、大丈夫だよ。』
「大丈夫、という顔ではありませんね。」
『大丈夫なのに。』
拗ねたように言う青藍を睦月はじろりと見る。


「嘘はいけません。自分で自分の傷を曝け出すことほど、精神的に辛いものはありません。ですので、私が説明させて頂きます。」
『でも・・・。』
「・・・でも、も、だって、も、聞いてはやらん。医者命令だ。」
『えぇ・・・。睦月、横暴・・・。ていうか、素が出てるよ・・・。』


「今更隠してどうすんだよ。・・・お前は黙ってこれでも食ってろ。朝飯を碌に食べなかったって茶羅から報告があったぞ。」
睦月が取り出したのは、特大サイズのおにぎり。
それを見た青藍は少々げんなりとする。
普段なら喜んで食べるのだが、今はそういう気分ではないのだ。


『そんなに大きいの、いらないよ・・・。』
「全部じゃなくてもいいから食べろ。お前、かなり体重落ちてるぞ。俺は骨と皮しかない能無しの主なんか嫌だ。」


『能無し・・・。』
青藍は不満げな声を出して、おにぎりを受け取ろうとしない。
睦月はそれに盛大な溜め息を吐いて、浮竹と京楽に視線を送る。


「・・・まぁまぁ、青藍。睦月君の言う通りだよ。」
「細くなった自覚はあるんだよな?それなら、ちゃんと食べた方がいい。お前は元々が細い。それ以上細くなれば、白哉に勝つことはもちろん、橙晴にだって吹き飛ばされてしまうぞ?三席の地位も、危ないかもなぁ。」
睦月の視線を受けた二人は、そう言って青藍の両脇を固める。


『う・・・それは、いや・・・。』
「それじゃ、食べようねぇ、青藍?」
『お、おにぎりは、いりません・・・。』
「それじゃあ、卯ノ花隊長に食べさせてもらうしかないなぁ。」


にっこり。
浮竹の微笑みは優しいが、その瞳は本気である。
ちらりと卯ノ花を見た青藍だったが、彼女にも微笑みを返されて観念する。


『じ、自分で、食べます・・・。』
「「よろしい。」」
二人に頷かれて、渋々おにぎりを受け取った。


覚悟を決めて、おにぎりをかじる。
味がしない・・・というよりは、味が感じられない。
少し思い出すだけでこんな状態なのだ。
いっそのこと、忘れてしまいたい。
僕の精神衛生を守るために。


・・・なんて、そんなことが出来たら苦労しないのだけれど。
強い感情とリンクした経験は、記憶を消しても体が覚えているらしく、すぐに記憶を取り戻してしまう、と、響鬼にも言われてしまった。
つまり、この記憶を消す術はないのだ。


霊妃様ったら、あの時、母上の時と同じように僕の意識を乗っ取ってくださればよかったのに。
意地が悪い、と思いつつも、霊妃様に文句を言える立場ではない。
そして、あの過去を乗り越えるというのも、僕への試練なのだ。
今の僕は、諦めてこのおにぎりを食べているしか出来ないのか・・・。
自分の情けなさに涙が出そうだった。


「よし。じゃ、俺がその間に説明しといてやる。」
食べ始めた青藍を一瞥して、睦月は穂高に向き直る。
穂高は彼らの会話を珍しそうに眺めていた。


「・・・君たちの上下関係は一体どうなっているのかな?」
「明確な上下はありません。どちらも上で、どちらも下。そして、対等なんです。他の貴族では中々見られませんが。まぁ、朽木家が可笑しいとも言いますが。」
『睦月!朽木家の悪口は駄目だよ!』


「はいはい。すみませんね。お詫びにおにぎりもう一個差し上げますよ。」
『もう一個!?要らないよ?!』
「よし、深冬。お前の旦那の口にこのおにぎりを突っ込んで来い。お前の手からなら何でも食べるだろ。」
「解った。」
深冬はおにぎりを受け取って、青藍に近付く。


『深冬!?だ、駄目!要らない!』
「青藍が痩せたのは事実だ。」
『それは、そうなんだけど、今は、やめて・・・んぐ!?』
深冬は問答無用で青藍の口におにぎりを突っ込んだ。


「たくさん食べるのだ、青藍。・・・吐きだしたりしたら、私は家出する。」
ぼそりと言われた言葉に、青藍は涙目になりながら首を横に振って、情けない顔になりながら咀嚼を始める。
浮竹と京楽は気の毒そうにしつつも、青藍の両脇を固めたままで、彼がおにぎりを食べる様子を見守った。


無理にでも食べさせなければ、今回の決着が付く前に青藍が倒れてしまいそうだからだ。
朽木家の面々もまた、青藍の緊張の糸に限界が来ていることを感じ取っているために、深冬を止めようとする者はいない。


「・・・とまぁ、こういう感じなんです。」
「・・・なんというか、あれでいいのかい?」
「あの位がいいんですよ。」
睦月にしれっと言われて、穂高までもが気の毒そうな視線を青藍に向ける。


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