色彩
■ 3.宿る命


「青藍!」
続いて青藍に抱き着いてきたのはルキアである。
『ルキア姉さま。』


「馬鹿者!心配をかけおって!」
『ごめんなさい。』
「ひ、一人で、出て行くなど、許さぬぞ!二度と、あんな、勝手なことをするな!馬鹿者!!」
涙をいっぱいに溜めながら言うルキアに、青藍は困ったように笑う。


『はい。二度としません。』
「そ、それならば、ゆ、許してやる。・・・よく帰ったな、青藍。」
『はい。ただいま帰りました、ルキア姉さま。』


「ルキアさん、青藍を殴ると言っていたのに。」
からかうような深冬の声が聞こえてきて、ルキアは慌てて青藍から離れる。
「う、五月蝿いぞ、深冬!」


『殴ってもいいですよ、姉さま。姉さまに殴られる覚悟なら、あります。悪いのは、僕ですから・・・。』
青藍はそう言って申し訳なさそうに目を伏せる。
その頭に子犬の垂れた耳が見えるのは、青藍の意図する所なのだが。
「な!?そんな覚悟はしなくていい!」
焦ったようなルキアに、皆が笑った。


「・・・貴方、変わらないのね。」
呆れた声の方を見ると、雪乃がゆっくりと近づいてくるのが解る。
その姿に、青藍は目を丸くした。
『ゆ、雪乃・・・?』
「そうよ。」


『何、その、お腹・・・。』
「このお腹のせいで準備が遅くなってしまったの。・・・もうすぐ生まれるわよ。」
穏やかに微笑む雪乃のお腹は、大きく膨らんでいた。
「そうそう。兄様の可愛い甥っ子と姪っ子が同時に生まれて来るそうですよ。」
橙晴が嬉しげに、そして、得意げに言った言葉に、青藍の体に喜びの震えが奔る。


『ふ、双子・・・?』
「はい。」
『それも、男の子と、女の子?』
「えぇ。僕と雪乃の子です。」


『・・・・・・だ、橙晴!』
「何ですか。」
『触りたい・・・けど・・・その・・・動かない・・・。』
呟かれた言葉に苦笑を漏らして、橙晴は青藍の手首を掴む。
そして、その掌を雪乃のお腹に優しく押し付けた。


「どうですか?」
『あったかい・・・。』
「何当たり前のことを言っているのよ。」
青藍の呟きに、雪乃は呆れ顔だ。


『こんなの、誰も教えてくれなかった!』
「驚かせようと思って隠したもの。知られていては困るわ。」
『隠したの!?皆で!?』
「そうよ。それで、皆で考えたのだけれど・・・。」
『うん?』


「・・・この子たちに、名前を付けてあげてくれる?」
『え・・・?』
ポカンとした青藍を見て、雪乃はくすりと笑った。


「朽木家当主からの贈り物、ということにして、名前を付けて欲しいのよ。・・・それで、この子たちが無事に生まれて落ち着いたら・・・そうしたら、この子たちを朝比奈家の養子にします。それに伴って、私と橙晴は、居を朝比奈邸に移します。」
凛と言い放たれた言葉を、青藍は咀嚼する。


・・・これは、自分たちの子に朽木の名を名乗らせないという意思表示だ。
つまり、自分たちの子に朽木家を継がせる意思がないということだ。
それを周りに示すために、家を離れる覚悟をしたのだ。
未来のことを考えて。


それが最も良い将来の形であると、僕が思っていることなど、お見通しなのだ。
そして、その道を、僕が強制的に選ばせることが出来ないでいたことも。
・・・情けないな、僕は。
厳しいことを言うことが出来ずに時間が過ぎてしまったせいで、彼らに自らこんな選択をさせたのだから。


『・・・橙晴は、それでいいの?』
「はい。朽木の姓を名乗るのは、僕と雪乃だけで十分。僕らにそうさせてくれているだけで、十分です。本当は、僕が朝比奈家に婿入りするべきだったのに、秋良様も、兄様も、僕の意思を汲んでくれました。本当に感謝しています。」


穏やかな顔でそう言った橙晴が、酷く大人びて見える。
背が伸びただけではないのだ。
僕が居ない間に、一回りも二回りも大きくなっている。
茶羅が言っていたように、橙晴は頑張ったのだ。


僕を連れ戻すために、力の限りを尽くして、驚くべき速度で、成長した。
父になる、ということも、原動力の一つだっただろう。
やっぱり橙晴は、僕のことなどあっという間に追い越してしまうのだ。
それに寂しさを感じる半面、酷く嬉しかった。


『雪乃も、本当にそれでいいの?』
「もちろん。」
頷いた雪乃の瞳に、迷いはない。


「朽木家の血を引くことがどういうことなのか、私も解っているつもりよ。この子たちの立場が微妙なものになることだって承知しているわ。でも、貴方が名前を付けるのならば、よっぽど悪運の強い子たちになる。その上、私と橙晴の子だもの。どんなことだって、乗り越えてくれるわ。」


朗らかに笑う雪乃は、美しい。
その微笑が、橙晴と茶羅を産んで安心したように笑った己の母に似ていて、母というのは美しいものなのだ、と、青藍は改めて思う。
小さく息を吐いて見上げた空は、青い。
ある人物の顔と共にある風景が浮かんできた。


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