色彩
■ 31.僕の暁

「青藍の、馬鹿!阿呆!嘘つき!私を置いていくな、青藍・・・。ひとりに、なるな。私を、一人にしないでくれ・・・。」
懇願するように言われて、青藍の瞳から涙が零れた。


待たせてしまった申し訳なさと、待っていてくれた愛しさが胸に押し寄せる。
言葉と体温から伝わってくる愛情が、傷付き、枯渇していた心を満たしていく。
乾ききった大地が雨を余すことなく吸い込むように、自分の心と体がその愛情を吸収しているのが分かった。


『うん。ごめんね、深冬。もう、一人にしないから。どこにも、行かないから。深冬の傍に居るから。』
「当たり前、だ、ばか!」


『待っていてくれて、ありがとう、深冬。』
「待っていろと、言ったのは、青藍の癖に!帰るのが遅いのだ、ばか!待てというのなら、早く帰ってこい、青藍の阿呆!」
その言いぐさが、深冬らしくて、青藍は小さく笑う。


『ふふ。深冬だ。』
「何を笑っているのだ、ばか!」
『深冬。顔を見せて。』
「いやだ!」


『ふは。見せてよ、深冬。』
「だめ。」
『深冬の瞳が見たいなぁ。』
「いやだ。」


『その暁色の瞳が、大好きなんだけどなぁ。』
「・・・。」
『ねぇ、深冬。見せて?』
青藍の甘い声に、深冬は小さく震える。


『深冬は、僕の瞳、見たくない?お気に入り、なんでしょ?嫌いになっちゃった?』
「・・・そんな、ことは、ない。」
『じゃあ、僕を見てよ。』


狡い男だ。
甘えるような声で言われて、深冬は内心で呟く。
わざとだと解っていても、これでは逆らえない・・・。
そう思いながら、深冬は腕を緩める。
すぐに距離を取られて、青藍の顔が目の前に現れた。


『ふふ。やっと見えた。』
青藍は嬉しげに微笑む。
その瞳が深冬の大好きな瞳で、深冬は安心したように微笑みを返した。
「おかえり、青藍。」
泣きながら笑ってそう言った深冬に、青藍は蕩けるように微笑んだ。
『ただいま、深冬。僕の暁。』


「・・・相変わらずだな。」
「青藍って、やっぱり狡い奴だよね・・・。」
「何度見ても、深冬ちゃんは青藍に騙されている気がするよね・・・。」
「あはは。キリト、それ、暴言。」
キリトの言葉に蓮は苦笑する。


「いや、おれも、そう思います・・・。加賀美さん、何で青藍さんなんか選んだんです?」
「紫庵も結構酷いこと言っているよ。」
「青藍兄様を「なんか」というのは紫庵くらいよねぇ。」
不思議そうに首を傾げた紫庵に、燿と茶羅も苦笑した。


「青藍の奴、深冬が居るだけで前向きになるよなぁ。」
「青藍だから仕方ないだろ。」
師走と睦月は呆れたように言う。


「しかしまぁ、あの二人、どっちも少し元に戻ったな。」
師走はそう言って笑う。
「あぁ。どっちも張りつめていたからな。」


「本当に似た者同士なんだから。青藍兄様も深冬も見栄っ張り。」
「ふふ。それが二人らしさ、じゃないかな。お互いの前でしか、本音は出てこない。」
「そうだね。ほんと、兄さんと青藍は同類だよね。あぁ、同類だから、青藍の気持ちがよく解るのか。兄さん、茶羅の前でしか、弱み見せないもんねぇ。」
蓮は納得したように言う。


「ちょっと、蓮。余計なことは言わなくていい。」
「あら、事実じゃない。」
「茶羅だって可愛いのは俺の前だけの癖に。」
「うわ、ナチュラルに惚気やがった。」
「やっぱ、同類だよな。」


「「「「「・・・・・・妻ぁ!?」」」」」
青藍と深冬が落ち着いたところで、深冬を迅たちに紹介すると、そんな驚きの声が上がった。


「ランの妻ってことは・・・あれか?」
「ランは朽木家当主だから・・・。」
「その奥方・・・?」
問うように見つめられて、深冬は頷く。


「妻がいたのか・・・。」
「それもこんな綺麗な妻が・・・。」
「そりゃあ、死ぬ気で帰りたいよな・・・。」
「そうだね・・・。むしろ、遠征に来たことも奇跡・・・。」
「信じられない・・・。来るか、普通・・・。」


『あはは・・・。僕が行かなければ、朽木家も、僕自身も守れなかったもので。』
「そうだな。腹立たしいことに、あの時、こちらにはその選択肢しかなかった。青藍を逃がせば朽木家が崩れ、朽木家を守れば、青藍を失う。」
睦月は静かに言った。


「彼奴らを力で抑えつけることも可能だったが、それでは、彼奴らがさらに怯えて、いずれまた同じことが起こる。あんな僻地に居ても、彼奴らは青藍が怖くて仕方がないようだしな。それが器の小ささを露呈しているってのに、それにも気付いていない。」
師走は呆れた顔をする。


『彼らは基本的に引き籠りだから仕方がないね。・・・もう一度四十六室の議場を破壊してやろうか。たまには空の下で会議でもすればいいんだ。』
「あはは。青藍、それは駄目。」
『えぇ?駄目?』
「だめでしょ。」


『もう少し痛い目見た方がいいと思わない?』
「明日、痛い目に遭わせようとしているくせに、何を言っているの・・・。」
楽しげに言った青藍に、蓮は呆れた視線を向ける。
『ふふ。怖いのは僕ではないとよく知って頂かなければ。我が朽木家は僕や母上が居なくとも十分怖いのだから。』


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