色彩
■ むず痒い 前編

「師走さん、ちょっと出かけるわ。着いて来なさい。」
「はいはい。」
茶羅御嬢さんは、返事をする前にすたすたと歩いて行ってしまう。
着いて行かないと後でご当主たちに怒られるので、いつも慌てて追いかける。


「師走。お暇ならば、私と一緒に四番隊に行きませんか?」
「いや、暇では・・・。」
「お暇ですよね?」
「あの・・・はい・・・。」
卯ノ花さんに怖いくらい微笑まれては、断ることなど出来やしない。


「あら、師走じゃない。・・・一杯呑んでく?」
「喜んで。」
乱菊さんに誘われちゃあ、断る訳にも行くまい。


「師走さんではありませんか。丁度良かった。これ、六番隊にお渡ししてもらえますか。」
「はいはい。畏まりましたー。」
七緒さんからの頼まれごとは、ほとんど六番隊への書類配達。


「師走さん。このデータの解析を明日までにお願いします。」
「明日ぁ!?」
「マユリ様のご命令です。」
「鬼かよ・・・。」
ネムさん(いや、正確には涅マユリ)からの仕事は厄介な上に期限が短い。


「・・・俺、死神に馴染み過ぎじゃね?」
毎日のように誰かしら死神の面々が話しかけてくる。
頼みごとをされることも多い。
こんなに死神と関わってもいいのかと、疑問に思うほどに。


「あ、師走!」
「丁度いい所に!」
ぼんやりと歩いていると、これまた耳に馴染んだ声が自分の名前を呼んだのが解る。
声のする方を向けば、そこには咲夜さんとルキアがいた。
「はい?」


「浮竹隊長を頼んでもいいか?応援要請が来たのだが、席官たちが出払って居てな・・・。」
「そりゃ大変だ。お任せを。お気を付けて。」
「あぁ。頼んだぞ!」


走り去る二人からの頼み事は、ほとんど浮竹さんの看病で。
まぁ、それが本業だからいいんだが。
幼い頃から観察者として育った身としては、この状態が気恥ずかしいというか、むずむずするというか。
「草薙」の「師走」がこれでいいのだろうかと、最近よく思う。


「睦月はともかく、俺まで引っ張られていいものなのだろうか・・・。」
はぁ。
溜め息を吐けば、雨乾堂の目の前だったらしい。
御簾が揺れて、その部屋の主が顔を出した。


「あら?起きててもいいんで?さっき咲夜さんたちに看病を頼まれたんですが。」
そう問いながら彼の状態をざっと目視する。
多少やつれてはいるが、調子が悪いわけではなさそうだった。
昨日あたりに熱が下がって、快方に向かっているというところか。


「あぁ。だが、彼奴らにまだ部屋から出るなと言われてしまってな。」
眉が下がって、困った微笑みを向けられた。
「なるほど。まぁ、確かに、季節の変わり目で、天気が安定していませんからね。もう少し養生した方がいいと思いますよ。」


「お前にまで言われては、部屋に戻るしかないな・・・。話し相手になってくれないか。誰も居ないようで退屈なんだ。」
「それじゃ、遠慮なく。」
雨乾堂にお邪魔すれば、畳のいい匂いがする。
そして、ゆったりと流れる空気。
部屋の主がそうさせるのだろうが、その雰囲気がまた、むず痒い。


「換気も含めて、御簾はあげておきましょうかね。今日は晴れていますし。日向ぼっこくらいなら、大丈夫でしょう。」
「あぁ。悪いな。」
「いえいえ。でも、羽織くらいは着てくださいね。」
「ははは。解った。」


いそいそと羽織を肩にかける浮竹さんは、どこか子どもの様で。
注意されるのが嬉しい、というか、楽しい、というか。
そんな感じなのだろうと思う。
まぁ、浮竹さんに注意できる相手なんか、両手の指で足りるくらいしか居ないから仕方がないのかもしれないが。


ましてや彼は、長男で、隊長で。
常に皆を引っ張る側で、守る側で。
誰かに頼ったり、甘えたりできる場面は少ない。
彼が彼自身を後回しにしていることは明白だった。


「ん?どうした?」
じっと見つめすぎたらしい。
羽織を着た浮竹さんは、不思議そうにこちらを見る。
「いえ。何でも。」


「そうか?・・・で、どうしてため息なんか吐いていたんだ?」
にこにこと問われて、返答に窮する。
どうして、と問われても、明確な理由などない。
ただ、今の状況に、慣れていないのだ。
観察者として輪の外から見つめるのではなく、輪の一員として輪の中に入りつつあることに。


「・・・いや。特には。ただ、少し、もやもやしているというか。」
「もやもや?」
「はい。・・・大したことじゃありませんよ。朽木家に拾われて、急速に変わった立場に、どう対応していいのか、まだ解らないんです。」
「なるほどな。」


「浮竹さんは、「草薙」の「睦月」が何であるか、ご存じなのでしょう?」
「あぁ。霊妃が降りてきた時に聞いた。魂留めが出来る、と。」
「どう思いましたか?」
「いや・・・どう、と言われてもなぁ。」
浮竹さんは考えるように腕を組む。



2017.02.14
後編に続きます。


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