色彩
■ 琥珀庵の日常 前編

がらり、と、店の戸が開けられたことに気が付いて、燿はそちらに顔を向ける。
「京楽さん。」
「やぁ。」
片手を上げた京楽に、燿は内心で、また来た、とため息を吐く。


「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。どうぞ、お好きな席へ。」
それを億尾にも出さず、燿は京楽に席を勧めた。
京楽は迷わずにいつもの席に腰を下ろす。
窓際の、店内全体を見渡すことが出来る席だ。
それを確認して、燿はお冷とおしぼりを取りに厨房に下がる。


「どうぞ。今日は何になさいますか?」
お冷とおしぼりを置いて、お品書きを眺めている京楽に問う。
「うーん・・・。いつも迷っちゃうなぁ。今日、茶羅は居ないの?」
お品書きに視線を滑らせながら、京楽は何でもない事のように問う。


「今日は師走さんと一緒に子どもたちを山へ連れて行きました。薬草や食べられる野草を教えるそうです。」
「そっか。それは楽しそうだねぇ。相変わらずみたいだ。」
「えぇ。相変わらず、あちらこちらを飛び回っておりますよ。」


「あはは。・・・よし。決めた。今日は豆大福とほうじ茶。それから、浮竹に甘酒。今日、調子が良くないみたいでね。」
「それは大変ですね。帰りにお渡しいたします。」
「うん。よろしく。」


「・・・お待たせいたしました。豆大福とほうじ茶にございます。それから、こちら、試作品になります。よろしければどうぞ。」
燿は言いながら小皿を三つ、大福の皿の横に置く。
その小皿の上には、チョコレートがひと粒ずつ。


「へぇ。次はチョコレートなのかい?」
「来月はバレンタインですからね。うちもいくつかチョコレートを出そうかと。」
「あぁ、そっか。そんな時期だねぇ。」
「それで、お酒を使おうかと思いまして。上から、杏子酒、ウイスキー、日本酒にございます。」
お酒、と聞いて、京楽は目を輝かせる。


「そりゃあいい。あ、だから僕に出したの?」
京楽はそう言って燿を見る。
「ふふ。そうですね。テーマは大人の男にあげるチョコレート、ですから。貰う方も美味しい方がいいでしょう?」
燿はそう言って悪戯に笑った。


「あはは。確かに。気持ちだけでも嬉しいけど、美味しいともっと嬉しいよねぇ。・・・じゃあ、チョコレートから貰おうかな。」
京楽がそう言って手を伸ばしたのは、ウイスキーのチョコ。
迷わず口に入れて、舌の上で少し転がしてから軽く噛み砕いた。
じわ、と中からウイスキーが出てきて、チョコと絡まり、芳醇な香りが鼻に抜ける。


「・・・美味しい。」
満足そうに呟いた京楽に、燿は安心したように微笑む。
「それはようございました。現世で見かけて、作ってみたのです。」
「うん。いいよ。しつこすぎないチョコレートとウイスキーがぴったりだ。口の中で溶かして、じっくり味わうのもいいね。」


「えぇ。少し、アルコールがきついのですが、大丈夫ですか?」
「僕は平気だなぁ。それに、ちょっとくらいきついの方が、バレンタインには丁度いいじゃないの。」
京楽は悪戯に言う。
そんな京楽に、燿は首を傾げた。


「だって、女の子は好きな男にチョコをあげるわけでしょ?チョコもお酒も媚薬みたいなもので、それで思いが通じたら、いいと思わない?」
「・・・確かにそうですね。少なくともチョコをあげる方にとっては良いことがあります。」


「あはは。貰う方だって、下心がなければ受け取らないさ。」
「なるほど。では、京楽さんは下心だらけということですか。」
楽しげな京楽に、燿は苦笑する。
「まぁ、いいじゃない。僕は寂しい男鰥夫だからね。」


「妻を娶る気もない人が何をおっしゃっているのやら。」
燿はそう言ってため息を吐く。
「そんなことないよ?僕はいつだって可愛いお嫁さんが欲しいよ?」
「その気があるなら、今度お店に誰か連れてきてくださいよ。いつも男ばかりで来るんですから。」


「嫌だなぁ。いつも七緒ちゃんや晴ちゃんが迎えに来るでしょ。」
「彼女らは仕事で貴方を探しに来ているだけでしょう。晴はいつも頬を膨らませていますよ。隊長はいつも私で遊んでいるんだ、って。」


「あはは。晴ちゃん、いっつも探しに来てくれるんだよねぇ。僕のサボり場所、晴ちゃんにほとんど捜し出されちゃってさ。逃げる方も大変よ。」
言いながらも京楽は楽しげだ。


「京楽さんが来たら、すぐに連絡をくれって、いつも言われるんですから。」
「でも、燿君はいつも知らせないじゃない。」
「茶羅がすかさず知らせますからね。俺が知らせる必要はないんですよ。」
「ふぅん?じゃあ、僕は、今日は捕まらないわけだ。」


「そうですねぇ。七緒さんや晴が京楽さんを見つけなければ、捕まりませんよ。」
燿もまた楽しげに言う。
「それじゃ、遠慮なくこのチョコを食べられるね。次はどれにしようかな・・・これにしよう。」
京楽はそう言って杏子酒のチョコを口の中に放り込む。
今度はそのチョコをすぐに噛み砕いた。


「こっちは杏子の実が入っているんだね。」
舌触りの違いに、京楽は意外そうに言う。
「はい。杏子酒に漬け込んである杏子を、細かくしていれてあります。如何ですか?」
「うん。これも美味しい。こっちはお酒が得意じゃない人でも食べられそうだ。女の子が好きそうだね。甘酸っぱさとお酒の香りがいい塩梅だ。」
杏子酒の香りを楽しんでいるのか、京楽はゆっくりと舌の上で転がしているようだった。


「ふふ。おっしゃる通り、こちらは女性向けに作りました。友人同士で渡してもいいように。それから、渡した相手と一緒に食べることが出来るように。」
「なるほど。いい考えだね。」


「これは茶羅の案です。」
「茶羅の?」
「はい。」
燿は頷きながら微笑む。


「茶羅が、自分だったら一緒に食べたい、と。」
「食べさせたり、食べさせてもらったり?」
「まぁ、そう言うことでしょうね。」
「燿君も、茶羅に食べさせてもらうの?」
ニヤニヤと言われて、燿は思わず顔を背ける。



2017.01.20
後編に続きます。



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