色彩
■ 26.兄と妹


『・・・それで、師走。』
「ん?」
『二時の方向、八度、三秒後。』


「三、二、一。」
師走は数えながら針を取り出して、言われた方向に躊躇いなく投げる。
何者かが姿を見せた瞬間に、師走の針がそれに刺さる。
それと同時に刺客は地面に崩れ落ちた。
青藍と睦月以外の面々は怯えた視線を師走に送る。


『お見事。・・・毒じゃないよね?』
「麻酔だ。どうやら、居場所が見つかったらしい。急いだ方がいいぞ。」
『あれの回収は来るの?』
倒れた刺客を目で差しながら、青藍は問う。


「そのうち来るだろう。あの針が目印だからな。ちなみに弥生特製だ。まだまだあるぞ。お前のその耳飾りの素材を解析して、完全にとは言えないまでも、かなりの精度で再現しているから霊圧が遮断されていても追跡できる代物だ。」
師走はそう言って得意げに針を見せる。


『何というか、弥生さんも流石だよねぇ。』
「睦月じゃなくて俺を指名するあたり、青藍の方が流石だろ。」
『あはは。だって、睦月じゃ死んじゃうし。』
青藍の言葉に、師走以外の面々は睦月に怯えた視線を送る。


「殺しはしないぞ?ちょっと、被検体になってもらうことはあるが。」
「それが怖いんだっての。一回、あっという間に腕が腐り落ちたよな・・・。」
師走はその光景を思い出したのか小さく震える。


「あれは涅隊長の失敗作だ。試しに使ってみたんだが、やっぱり失敗作だったようだな。・・・何でもいいからもう行くぞ。後七日間、走り続けてもらうからな。」
『あはは。頑張りましょう。皆さん、行きますか。』
睦月に怯えつつも、青藍の言葉で皆が走り出したのだった。


走り続けて七日後。
途中、睦月と師走の栄養ドリンクに皆が悶絶したが、全員が刺客を躱してあっという間に琥珀庵の前にやって来たのである。
その影を感じたのか、琥珀庵から人が出て来たのであった。


「!!!・・・お入りください。」
彼等を見て目を丸くすると、店の中へと招き入れる。
そして、本日休業の看板を出して、彼女も中に入ってくる。
青藍を見て、一直線に飛びついた。


「青藍兄様!!!」
『茶羅。・・・ただいま。』
胸に飛び込んできた茶羅を抱きしめて、青藍は穏やかに言う。


その声を聞いて、茶羅はその胸に額を当てた。
伝わってくる鼓動に、じわりと涙が込み上げてくる。
幼い頃から聞きなれた鼓動と、温かな体温。


本当に、兄様が帰ってきた・・・。
茶羅は内心で呟いて、しっかりと青藍に抱き着いた。
「お帰りなさい、兄様。よく、ご無事で・・・。」
そう言った茶羅の声は震えている。


『うん。皆が、助けてくれたから。』
「兄様・・・。本当に、兄様なのね・・・。」
『そうだよ。また心配をかけたね。』
青藍はそう言いながら茶羅の頭を撫でる。


「本当ですわ!私、加護が働いた時、心臓が止まるかと・・・。大丈夫だと言われるまで、本当に、生きた心地がしなかった・・・。」
『ごめんね。』
「兄様は何も悪くありません。」
『ありがとう、茶羅。』
青藍がそう言うと、茶羅は顔を上げる。


「・・・橙晴が、頑張ったの。誰よりも、橙晴が、頑張ったのよ。あとで、褒めてあげてね。橙晴、強くなったのよ。兄様、そのうち負けちゃうんだから。兄様なんて、橙晴の敵じゃないんだから。父上だって、橙晴の敵じゃなくなるんだから!そうしたら、兄様、橙晴に使われちゃうんだから!」
涙を浮かべながら、叱るように言われて、青藍は笑う。


『ふふ。茶羅は、橙晴贔屓だなぁ。』
「当たり前です!橙晴は、兄様みたいに、勝手に一人で出て行ったりしないもの!一人で出て行ったこと、私、怒っているのだから!」
頬を膨らませた茶羅に、青藍は手を伸ばす。


『ごめんね、茶羅。でも、帰ってきたから、許して?』
小首をかしげた青藍に、茶羅は不満げだ。
「兄様、あざとい。皆、心配していたのに、笑っているなんて酷いわ。」
『ごめんってば。』


「暫く許してあげないもの。」
茶羅はそう言って謝る青藍から顔を背ける。
『茶羅、綺麗になったね。』
「褒めても駄目よ。」


『本当なのに。・・・橙晴を支えてくれて、ありがとう、茶羅。僕の自慢の妹。大好きだ。』
「・・・やっぱり兄様、狡いわ。でも、それが兄様ね。」
微笑む青藍を見て不満げながらも、茶羅はほっとしたように呟いたのだった。


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