色彩
■ 5.待つ方は辛い

それから三か月。
深冬は祈るように空を見上げていた。
・・・どうか、皆が、無事に帰ってきますように。
先ほど駈け出して行った五人を見送って、深冬は内心で呟く。


後一か月ほどで、青藍が帰って来るのだ。
これで、兄様が帰って来る。
橙晴はそう言って笑っていた。
毎日四十六室に赴いた橙晴は、六か月かけるところを三か月で説き伏せたのだ。


その上、四十六室に青藍を探しに行く許可を貰ったうえで、もし、見つかったのならば、青藍の死亡を取り消し、青藍の忠誠心を認め、元の地位に戻すという約束まで取り付けた。
そして先ほど、侑李、京、キリト、蓮、紫庵の五人が瀞霊廷を出て行ったのである。


しかしそれは、裏を返せば、青藍への刺客にそれほど自信があるということでもある。
自信があるからこそ、許可が下りたのだ。
四十六室の趨勢は、未だ、ナユラ殿たちが劣勢状態で、皇側が優勢なのだから。
此処に帰って来るまで、喜ぶことは出来ないのだ。
その姿を見るまで、安心は出来ないのだ。


「早く、帰って来い、青藍・・・。」
深冬はポツリと呟く。
三年と数か月。
何度名前を呼んだか解らない。
どれ程彼を待ち望んだか解らない。
何をしていても頭の中には青藍がいたのだ。


「ここに居たのか、深冬。」
空を見上げている深冬に、声を掛ける者がある。
「父様・・・。」
安曇は深冬の隣に来て空を見上げた。


「青藍の迎えの者が、発ったようだな。」
「さっき、見送りをした。」
「そうか。・・・待ち遠しいか。」


「・・・解らない。この話を聞いても、その実感が湧かないのだ。それに、姿を見るまでは、安心できない。」
困ったように言った深冬に、安曇は小さく笑う。


「それでも、待つのだろう?」
「うん。青藍が、私に待っていて欲しいと、いったから。・・・私も、待ちたい。」
そう言った深冬の横顔を見て、安曇は美央を思い出す。


美央も、このように私を待っていたのだろうか。
会いに行けば笑顔を見せてくれた。
帰る時は寂しげだったが、寂しいと言われたこともない。


私は、そなたを待たせたか、美央。
心の中で問うと、美央の笑い声が聞こえた気がした。
安曇のためなら待つのも楽しいわ。
そう言って笑った美央を思い出す。


「・・・本当は、言いたいこともあったろうに。」
「え?」
安曇の呟きに、深冬は首を傾げる。


「美央は、待つのも楽しいと、私に言ったのだ。だが、本当は、何時顔を見せるか解らない私を、そなたのように、待っていたのかもしれぬ。・・・待つのは、辛いものだな。待たせる方も辛かったが、待つ方がこれほど辛いとは。」
安曇はしみじみという。


「だが、それでも、美央は私を待っていてくれたのだ。そして、顔を見せれば、笑って出迎えてくれた。だから私は、何度も、会いに行ったのだ。会いに行くたびに、私は、美央に恋をしていたのだと思う。」
「青藍も、そうだろうか。」


「あぁ。あの男は、何時だって深冬しか見ておらぬ。そなたのためならば、何をしてでも帰って来ることだろう。もう少しだ、深冬。信じて共に待とう。迎えに行った者たちも無事に帰ろう。そのために、三年、辛抱したのだ。皆が、全力で駆け回ったのだ。私も十五夜も驚くほどに、皆が働いた。お蔭で、青藍は・・・。」
そこまで言って、安曇は苦笑する。


「どうしたのだ?」
そんな安曇に深冬は不思議そうに問う。
「いや、何でもない。少し、話し過ぎたな。」
「話し過ぎた・・・?」
「ふふ。後で話す。・・・さて、私は琥珀庵に行くが、深冬も来るか?」
問われて深冬は少し考えてから頷く。


「行く。茶羅にも青藍の話をしなければ。何か進展があれば伝えると言ってあるのだ。」
「そうか。」
「それと、父様に、お願いがあるのだ。」
見上げられて、安曇は首を傾げる。
「何だ?」


「・・・その、これが、壊れないように、術を掛けて欲しい。」
深冬が取り出したのは、掌に収まる箱。
蓋を開ければ、太陽の光を反射した何かが、二つ、青く光った。
「出来たのか。」


「あぁ。思ったよりも帰りが早くなりそうだったから、少し急いだ。」
「大切に預かろう。十五夜に頼んでおく。」
安曇はどこか楽しげに箱の中身を見つめる。
「似た者同士、か。」


「え?」
楽しげな呟きに、深冬は首を傾げた。
「いや、何でもない。・・・では、ゆくか。」
「あぁ。」
二人はそう言って琥珀庵へと向かったのだった。


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