■ 4.地下での問答
「・・・何度来ようとも、我らの答えは同じ。朽木青藍は、死亡した。」
定型文のような答えしか返ってこないことに、橙晴、深冬、白哉はうんざりする。
この十日間、毎日のように四十六室を訪れて青藍を探しに行かせて欲しいと申し出ているのだが、四十六室の者たち・・・いや、皇梅園の答えはいつも同じ。
・・・兄様が帰ってきたら、こんな低俗な男、すぐに消してやる。
この皇梅園こそが、今回の首謀者なのだから。
橙晴は内心で呟く。
その上、過去、母上の拘束を命じたのもこの男。
さらに言えば、この男の父親である皇紅梅は、自分の兄を殺し、皇家の当主となった後、四十六室の賢者の一員として、母上を欲し、苦痛を強いた張本人。
己の父親と同じ末路を辿らせてやろうか。
まぁ、放って置いても碌な死に方はしないだろうけど。
そんな橙晴の心の声をかき消すように、深冬が口を開く。
「それが信じられないからこうして何度もお願い申し上げているのです。彼の者を探しに行かせて欲しいと。」
その紅色の瞳を、梅園は一度も見ようとはしない。
「夫を失う悲しみは深かろう。それ故、夫の死を信じられずにいるのだろう。」
「・・・私の夫は、死んでなどおりません。」
呟くような声が、静かな議場に響く。
「何故、そうまで言い切ることが出来る。」
「必ず戻ると約束したからです。彼が私との約束を違えるはずがありません。」
「話にならんな。」
嘲る声音に、深冬はぎゅっと拳を握りしめた。
「・・・夫が居なくなって寂しいのならば、他の相手を探すがよい。その若さと、美貌と、その血の貴さがあれば、いくらでも相手が居よう。四十六室の子息の中にも年頃の男子がおるぞ?必要とあらば紹介しよう。」
ぷつ、ん。
白哉と橙晴はそんな音を聞いた気がした。
「「なにを・・・。」」
慌てて彼女より先に口を開こうとするが、深冬の気配の重さに、口を閉じる。
「私に、青藍以外の男の元へ嫁げとおっしゃっているのですか?」
静かすぎる声に、その場に居る全員が背筋を震わせる。
・・・頼むから手は出すな。
白哉は内心で小さく祈る。
霊王宮の者が相手でも手を上げた前科がある深冬に、白哉は気が気でなかった。
チラリと橙晴を見れば、彼もまた戦々恐々としているのが見て取れる。
「・・・次の夫など、私には必要ありません。私の夫は、朽木青藍ただ一人です。」
ぽつり、と呟いた言葉には、震えるほどの怒りが込められている。
「その朽木青藍は、死んだのだ。死人を夫にし続けるつもりか?」
「青藍は、死んでなどいない。もしそうだとしても、私の全ては青藍のものだ。私は、青藍だけしか受け入れるつもりはない。」
瞳の中に、炎が見える。
問答を聞いていたナユラは、その苛烈な光を帯びる瞳に、息を呑んだ。
普段の彼女からは想像が出来ないほどの覇気。
だからこそ彼女は朽木家当主の妻なのだ。
青藍殿と彼女の婚姻に謎は多いが、この婚姻は、必然だったのだ。
ナユラにそう思わせるほど、深冬の全身に強さが漲っている。
「・・・皇殿。これ以上の問答は、無用だ。深冬殿も、今日の所は退いてくれまいか。青藍殿の生死についての問答はこれ以後認めぬ。」
「それは、青藍を諦めろということですか。」
真っ直ぐな視線が向けられて、ナユラは思わず姿勢を正す。
「そういうことではない。青藍殿を探しに行かせるかどうかはまた別の話だ。そうだろう?」
ナユラの言葉に、深冬は小さく息を吐いた。
「・・・はい。」
「白哉殿、橙晴殿も、それでいいな?」
問われて二人は頷く。
「それで構いません。今日の所は退かせて頂きます。父上もそれでよろしいですね?」
「あぁ。・・・だが、一つだけ言っておく。深冬は既に朽木家の者だ。次の夫、などという戯言は慎んで頂こう。」
「そうですね。あまり、こういう言い方はしたくないのですが・・・深冬の父君が霊王宮の方であることをお忘れなく。あの方の怒りを鎮めるのは、我が朽木家でも骨が折れるのです。では、我らはこれにて失礼致します。明日もこちらに足を運ばせて頂きますので。」
「・・・深冬。よく耐えたな。」
議事堂を出てから、白哉はそう言って彼女の頭を撫でる。
「白哉様・・・。」
「私は冷や冷やしたぞ。」
「・・・青藍のためです。感情を抑えることぐらい、出来ないと。私は、朽木家当主の妻ですから。」
何かを堪えるような深冬に、橙晴は笑みを向ける。
「うん。やっぱり、兄様の目に狂いはないや。深冬じゃなければ、兄様の妻何て務まらないもの。」
橙晴の微笑みに、深冬は漸く力を抜いて、無意識に白哉の手に擦り寄る。
その姿を見た白哉は、早く帰ってこい、と心の中で青藍に呼び掛けたのだった。
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