色彩
■ 36.あの日の記憶

「・・・俺は、かつて、紅梅に命じられて、あの方を、殺しに行ったことがある。」
そう言葉を零した迅に、青藍は目を丸くした。
「だが、簡単に伸されて、気が付いたらその辺に転がっていた。周りに居た十数人も同じように転がされていてな。何故生きているのだろうと、思ったものだ。」


『母上は、刺客を殺せば自分が罪に問われることを解っていたのです。だから、母上は刺客を一人も殺していない。』


「そうか。・・・それで、俺はその後も何度か刺客として放たれた。もちろん、全敗だ。そんなことをしているうちに、俺が居た九番隊と十番隊とで合同任務があった。十番隊からは漣副隊長が来ていたんだ。・・・おそらく、俺を一目見て、自分を襲った刺客だと見抜いた。でも、俺に何も言うことなく、任務が進められていった。それから虚と対峙して、俺は足を滑らせてな。その時、漣副隊長と目が合った。俺は、見捨てられると思ったんだ。だが・・・。」


『母上は、貴方を助けたのですね?』
「あぁ。虚に貫かれそうになった俺を庇って、左肩を貫かれた。」
今思い出しても、何故助けられたのか、解らない。
ただ、あの時の記憶が、鮮明に、脳裏にこびり付いているのだ。
目の前に現れた漣副隊長が自分を庇って、血を流す姿が。


「全治一週間。何重にも会わせる顔がなくて、お見舞いに行ったのは、退院する日だった。謝りに行ったんだ、俺は。でも、あの方は、副隊長が隊士を守ることに理由が必要か、と。それが他隊の隊士であっても、強い者が弱い者を守るのは当たり前のことだろう、と。それだけ言って病室を出て行った。それしか、言わずに、出て行ったんだ。俺が刺客だと気付いていただろうに。俺を責めたりしなかった・・・。」
迅は泣きそうになる。


「俺は、そんな人の子どもにまで、刃を、向けたのか・・・。」
力なくそう言って顔を手で覆った迅に、青藍は微笑んだ。
『母上は、今も昔も、母上なのですねぇ。』
柔らかくて穏やかなその声に、迅は顔を上げる。


『その時の母上に、貴方が刺客かどうか、などと言った思考は存在していなかったことでしょう。目の前で命が消えていくことが嫌だったのです。目の前で奪われていくことが。』
だからきっと、母上は巫女の力を使わずに虚に貫かれたのだ。
迅さんが心を無くしている訳ではないと気付いたから。
他人の痛みを理解できる人だと思ったから。


『ましてや自分は副隊長で、貴方は隊士だったのですから。その時の貴方と母上は、只の隊士と副隊長だった。だから母上は、貴方を守ったのでしょう。母上は、失うことを知っていますから。』
それが自分の命を狙った相手だとしても、見捨てられなかったのだ。
それは、憐れみに近い感情だったのかもしれないけれど。


「お前は、俺を、恨まないのか・・・?」
『恨みません。母上が守ったのならば尚更。貴方をここから連れ出すことだって、やめません。母上だって、貴方を恨んだりはしません。刺客には悪いことをした、と言う人です。』


「悪いことをしたのは、こっちの方だ・・・。あの方だって、何の罪も犯してはおられなかった。ただ、漣家の巫女であり、その力が強大だった。それだけだったのに・・・。それを生まれながらに持っていただけだった。それを利用しようとした者を、拒絶しただけだった・・・。」
迅は苦しげに呟く。


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